February 2002

今月の御題目

ヴァーチャル・ブルゴーニュ・ツアー
序章 : ブルゴーニュを考える

 だんだんとワインが好きになってくると「ワイン産地に行きたいなぁ」と思いませんか?ここ数年、毎年ワイン旅行を考えながらもなかなか時間が取れず行けないものです。

 個人的になんと言っても行きたい場所はブルゴーニュ。1987年の12月、ヨーロッパを周った際に一度だけ訪れたものの、その頃はワインについても分かっておらず、今から考えるともったいないことをしたという念が強い。しかしこの時の体験がワインに大きな興味をもたせてくれたのは間違いない。

 今では世界各国気になる産地があれど、何故ブルゴーニュなのか?同じフランスでも何故ボルドーではないのか?多分ブルゴーニュを愛する人は、そこにある大いなる時間の流れを感じ、ブドウが生まれる大地を体感できる場所だからではないでしょうか。

 class30もそろそろ4年。訪れる機会はなくとも、ここで最も愛する土地について一旦纏めてみたいと思いました。ブルゴーニュに行きたいと思っている方、一緒にヴァーチャル・ブルゴーニュ・ツアーしませんか?私の旅の予定は、黄金の丘陵「コート・ドール」。ディジョンを出発し、コート・ド・ニュイからボーヌに入っていきたいと思っています。少し長い旅になりそうですが、どうぞお付き合い下さい。

 まずは旅の準備として、ブルゴーニュについての魅力と背景をまとめたいと思います。


土地の個性が反映されるワイン

 ブドウは大地の個性を最も反映する果物と言われます。ワインはブドウが発酵という過程を経てアルコールとなります。原材料に一切の添加もなく(自然の力を借り)アルコールとなるのはワインだけでしょう。つまりワインほど、造られた場所の如何により個性を異にする酒類はないということになります。

 新世界ワインの台頭により、「ブドウ品種名」を大きくラベル表示し、消費者に分かり易いヴァラエタル・システムこちらを参照が多く見られるようになりましたが、フランスやイタリアといった旧世界では、その原産地を表示してきました。世界各国で生産されるワインのうち、優れた品質のものを生むブドウは、せいぜい十品種程度であり、その品種の特徴を知れば瓶の中に詰められたワインの味わいが理解しやすいのに対し、ワイン産地は限りなく存在するので、把握が難しい。しかし、ワインが土地の個性を反映するものであり、それこそが醍醐味と考えるならば、どこで造られたものか、どういったテロワールを持つ産地なのか、という事が重要になります。

 そういう意味から考えると、世界中でも稀なほど細分化された畑の区画(クリマ)注1が法によって定められ、その中に純然たる階級秩序を持つブルゴーニュのワインを考える事は、非常に興味深いこと。フランスの中でも、AOC(原産地呼称制度)においてボルドーではまでにしか表示規制が及んでいないのに対し、ブルゴーニュではが細かく区分され、それぞれを等級化、法規制の対象としています。そして飲み手は、こうしたクリマ毎の味わいの差に強く惹かれるようになります。

 例を挙げるとブルゴーニュの最高峰として知られるDRC(ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ社)が造りだすワイン。その中で、ロマネ・コンティ、ラ・ターシュ、リシュブール、ロマネ・サンヴィヴァンというワインは、たった1km四方に畑が存在するにも関わらず、数々の専門家はその味わいの個性を考察し、文献として残してきました。

 愛好家の中でもこうした畑の個性を論ずる姿が多々見られます。ブルゴーニュは「たった一本の道を挟んで、その味わいが変わる」と言われますが、本当にそうなのでしょうか?個人的にはYESでありNOともいえると思っています。我々消費者がこうしたワインを飲み、その個性を把握できたように思うのは、多くの先人が残してきた評価、評論を聞き、分かったつもりになっている事の方が多いでしょう。

 しかし、こうした違いを考え大地を感じることがブルゴーニュの愉しみであることは間違いない。なぜなら、道一本挟んだ畑の名前が、きっちりとラベルに記されている産地、こんなにも限定された畑について、多くの人が言及し、その特徴について小区画(リュー・ディ)にまで及ぶ分析をされた土地は、世界を見渡しても他にはないでしょうから。

注1 : 「ミクロ・クリマ」が「微気象」と訳されるように、もともとクリマとは、ぶどう樹の生長に影響を与える気候全体のことを指す言葉。これが畑の区画を意味するように転意したことは、非常にブルゴーニュらしい。)


「コート・ドール」と修道院

 ブルゴーニュ地方の中で最高級のワインを生むコート・ドール注2は、ディジョンの南3kmにあるマルサネに始まり、マランジュまで続く長さ約50kmの東向き斜面。南北に伸びるベルト状のワイン畑の幅は広いところでも800mしかなく、平均で500m程度。こうした場所でブルゴーニュ・ワインは生まれ、AOCにより、特級畑 (Grand Cru)、一級畑 (Premier Cru)、村名畑 (Village Apellation) という等級が厳格に定められています。
 AOCが制定されたのは20世紀に入ってからですが、この時、各クリマを細かく区別したのは、ブルゴーニュの長い歴史と大きな関係があるようです。

 ブルゴーニュでブドウ栽培が始まった起源については、ギリシアかローマ時代ということで諸説あるようですが、この地に隆盛をもたらし、今日のコート・ドールの基礎となる地域を形成したのは、10世紀以降の修道院によるところが大きい。ご承知の通り、修道院にとってワインは聖餐に欠かすことの出来ない酒。

 西暦909年、ブルゴーニュ公国を領するアキテーヌ公は、マコネーの西、クリュニーにベネディクト会の修道院を設け、公国の主座格とします。当時この修道院はヨーロッパ最大の建物を持ち、最盛期には1500もの分院を擁するほどの力を誇るようになりました。繁栄は物欲と贅沢な生活を生み、これを嫌った一部の修道僧が原点に立ち戻るべく、1098年、ニュイ・サン・ジョルジュ村の東、葦の生える荒廃地に新しく修道院を建てた。これがその後ブルゴーニュのブドウ畑を開墾していくシトー派(シトーとは葦の意味)となります。

 会則を遵守し、質素な生活を旨とするシトー派修道僧は、斜面に広がる石灰岩の土地の耕作も厭わなかった。彼らは長い年月をかけ、その労働と共に、ブドウの最適地を探していった。高い志のもと、ブドウ栽培と醸造技術を磨き、革命以前、ほとんどが貴族と教会が所有していたブルゴーニュの畑の中でも、教会領のワインは最上と言われてきました。そうした由縁の畑として、クロ・ヴージョ、シャンベルタン・クロ・ド・ベーズ、クロ・ド・タール等があり、1789年のフランス革命により、ブドウ畑が没収されるまで、ブルゴーニュのワイン造りと修道院は密接な関係を保っていました。そして何より、彼らは出来上がったワインから「どの斜面にブドウを植えると優れたワインが出来るか」という事を熟知していたと言います。

 20世紀になりAOC制度の整理が進むにつれ、各ワイン産地では、畑のポテンシャルと市場価格に基づいた原産地の線引きがなされているわけですが、ブルゴーニュにおける線引きは、こうした1000年にも及ぶ、人の叡智と考察から生まれたもの。そしてその格付けは、闇雲に定められたものではなく、優良なワインを生む畑の力量を念頭に置いたものであり、長い歴史に裏付けされた等級である事が理解できます。注3

注2 : コート・ド・ニュイとコート・ド・ボーヌを合わせた総称。「黄金の丘陵」という意味で、秋のブドウ畑が深い金茶色に染まる事に由来する。現代のブルゴーニュワインの人気、そして高値を考えると「ここから生まれるワインは値千金!」という理由でもいいのかも。)
注3 : カベルネ・ソーヴィニオンの故郷とも言えるボルドー地方のメドックは、非常に古い産地だと思われがちですが、実は1600年代後半にオランダ人の力を借りて灌漑されるまで、ただの湿地帯にすぎなかった。ブルゴーニュが畑への格付けであるのに対し、メドックは1855年制定当時の市場価格を基準としたシャトー毎の格付けであるため、現在では格付けに見合わないシャトーが多く存在する。)


官能のピノ・ノワール

 ブルゴーニュにおけるもう一つの大きな特徴として、単一品種で造られるということが挙げられます。それがかくも崇高な赤ワインとなるピノ・ノワール種と、清廉かつ気品漂う白となるシャルドネ種。シャルドネについては後日触れるとして、コート・ド・ニュイに入る前にピノ・ノワールについて知っておきたい。

 「ピノ・ノワールは旅が出来ない」「ピノ・ノワールは気難しい品種」等とよく言われます。ピノ・ノワールの秀逸さは世界に響くところで、フランス以外でも栽培に執心するワイン生産者も増えてきました。ただしその中で成功を収めている人は現時点では極少数。他品種に比べ、その生産が盛んにならない理由として、果皮が薄く病害に冒されやすいということ、発芽が早いため寒冷すぎる地域では春先の霜や花ぶるいの被害を受けやすいこと、暑過ぎる地域ではジャムのようなニュアンスを帯び洗練さを欠くこと、そして収量が少ないこと・・・などととにかく注文の多い品種。

 個人的には、今後素晴らしいピノ・ノワールが、世界各国から登場してくると考えていますが注4、そのスピードが緩慢なのは、ブルゴーニュ以外に適した産地がないからではなく、あまりの気難しさ(とくに新興国における収益性を考慮すると)に手を上げる生産者が多いからでしょう。

 修道僧達の功績は、ブルゴーニュにおける「優れた斜面:クリマ」を選定しただけでなく、この地に最も適合する「優れた品種:ピノ・ノワール」を選び出したこと。教会資産という財政的な基盤を持っていた修道僧達にとって、収益性は問題ではなく、その品質を重視したワイン造りに励むことができた。分析的思考を持ち、長年の経験から他品種を排除し、最も優れたピノ・ノワールを選んだことは、賞賛に値する事実。

 現在でもこの地から生まれる秀逸な赤ワインはピノ・ノワールから造られます。しかし、ブルゴーニュの偉大なワイン生産者達は、自らピノ・ノワールを栽培しているという言い方を避けるそうです。「ブドウは大地の語りかけを伝える翻訳者」だと言い「人はその手助けをするにすぎない」と。

 ボルドーにおいては、カベルネ・ソーヴィニオン、メルロー、カベルネ・フランなど数品種を用いるため、その年の天候による品種別の良し悪しによって、品質を保つために各ブレンド比率を操作することができます。しかし、ブルゴーニュにおいては、ピノ・ノワール以外の品種はない。品種間で補うという概念はなく「ブドウ=ピノ・ノワール」なのでしょう。

 ピノ・ノワールは数ある品種の中でも最も「土地の個性を映し出す品種」、そしてブルゴーニュワインは「官能に訴えるワイン」と言われます。私自身、何度か素晴らしいブルゴーニュにめぐり合う機会がありましたが、それらのワインには心を揺さぶられる気がしました。それは、ワインの品質についてどうのという問題ではなく、ふっとブルゴーニュの風景が思い起こされる、そして、まるで修道僧のような生産者達の純粋な精神主義まで頂いているような気がします。

 多分、ブルゴーニュの人々が語る「手助け」という言葉には多くの意味が含まれているのでしょう。厳格な等級を持つブルゴーニュの畑、そして唯一の品種であるピノ・ノワール、こうした条件のもと造られるワインの「手助け」は、生産者にとって最大の誠意と熱意を要求されることなのでは? もしかしたら、ブルゴーニュは土地の個性だけでなく、造る人の個性までも鮮明に映し出すワインなのかもしれません。

 あら?少し旅の準備が長くなりすぎました。ではそろそろ出発しましょう。パリからTGVに乗って「フランスの食卓」ディジョンヘ。

注4 : 世界レベルでのピノ・ノワールの品質は、ここのところ目覚しい発展があるようにも思えます。アメリカにおいては、カリフォルニアのソノマ・コースト、カーネロス、サンタ・バーバラ、モントレー、そしてオレゴン州。オーストラリアではヴィクトリア州のヤラ・ヴァレー。またニュージーランドのピノ・ノワールにも注目したい。)

■ ブルゴーニュの特徴を理解するため、フランスにおけるワイン産地の双璧であるボルドーを引き合いに出しましたが、両者に優劣をつける意図はありません。ボルドーにはボルドーの数多くの美点があります。


ヴァーチャル・ブルゴーニュ・ツアーにおける参考文献や使用写真についてはこちらをご覧下さい。

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