November,2000 (2)

今月の御題目

イタリアワインの聖地(後編)
ピエモンテ州:バローロ


 イタリアワイン、自由で気さくな感じのお国柄とワイン達。前編では、そんなワインの代表でもあるキャンティを紹介しました。
 キャンティを産むトスカーナ州に比べ、何故か神秘的なイメージのあるピエモンテ州。今回は、ピエモンテで産まれる「王のワイン」バローロに目を向けてみたいと思います。


ピエモンテ州:バローロ:ネッビオーロ種

 イタリア北部、ピエモンテ州。「ピエ:足、モンテ:山」の意味通りアルプスの麓に広がる土地。州全体の年間ワイン生産量、約33万キロリットルの内、DOCG、DOCワインが3/5を占めています。またDOCGおよびDOCワインが49銘柄とイタリア20州中、最も多いことからも、名産地であることが伺われます。

 ピエモンテで産まれる高貴なワインとして名高いのがバローロアルバ市の南、ランゲの丘陵がこのワインの生まれ故郷で、そこにあるバローロという村がこのワイン名となっています。(実際には11の村から産出されます。)
 北のアルプス山脈と南のアペニン山脈に囲まれる盆地構造は、ティレニア海からの地中海性気候の影響が少ないため、比較的冷涼な気候、昼夜の寒暖の差が大きく、このバローロを造るネッビオーロ種の栽培に適しています。

 ネッビオーロ種は、色調の濃い、タンニンが豊富で長熟な赤ワインとなります。とても晩熟なネッビオーロは秋になって霧(ネッビア)が発生する頃(10月)にブドウが熟す事がこの語源ということ。また果実の特徴でもある黒みがかった果皮の表面に吹く蝋粉が霧に見えるとも言われています。

公国の誇り

 ピエモンテは本質的に農業州でありますが、今日ではトリノを中心に工業も盛んで、所得水準の高い州。また食事に関する名産も多く、白トリュフやリゾット・バローロ注1、ゴルゴンゾーラやカステルマーニョ(チーズ)等の乳製品があり、グルメの注目するワイン生産地でもあります。

 ワイン造りが盛んに行われてきたこの地方は、15世紀、フランス、ブルゴーニュの封建領土の流れをくむサヴォイア家の支配下におかれ、サヴォイア公国の一部となっていました。それ以後、トリノを中心とし統一直後のイタリアを治めたサルディーニャ公国となるに至り、バローロは王室に献上され愛飲されていたと言います。その公国の貴族達にとっても、ネッビオーロ種は、何よりもの誇りでバローロは「ワインの王」「王のワイン」と称えられました。
 つまりこの地域で栽培される伝統的なネッビオーロ種の赤ワインを飲用していたのは、高貴な身分の人々であり、この地の食文化に大きな影響を与えていたのでしょう。

注1:バローロを使ったバラ色のリゾット。使うチーズの種類によって"リゾット・カステルマーニョ"という風に名前が変化します。)


ランゲの丘陵

 バローロと並んで高い評価を受けるのが、同じネッビオーロ種で造られるバルバレスコ。ランゲ丘陵の南の一等地ではバローロが、そして北の一等地ではバルバレスコが生産されています。
 一般的に重厚なバローロに対し、バルバレスコは幾分軽く円やかで女性的と評されます。バローロが「王」ならバルバレスコは「王妃」でしょうか。その違いは土壌差(石灰質の泥灰土壌)の要因、そして霧がかかる事による日照量の差によるということ。

 ランゲの丘陵は、全方向に向いていて様々なブドウ品種が植えられています。栽培者達は、晩熟で十分な陽光を必要とするネッビオーロ種のために、丘陵の中でも南向きの良い場所を選び、セカンドシート、サードシートとも言うべき場所に、バルベーラ種ドルチェット種などが植えられています。

 この広範なランゲ丘陵、そして多数の品種をカバーする総称的なDOCとして1994年「ランゲDOC」が制定されました。注2 ブドウ栽培地域に関して大まかに言うと、この「ランゲDOC」の中に、より限定された地域で品種名を表示したDOC「ネッビオーロ・ダルバ」「バルベーラ・ダルバ」「ドルチェット・ダルバ」があり、さらにこれらに「バローロ」の栽培地域が含まれています。

ランゲDOC >

ネッビオーロ・ダルバDOC
バルベーラ・ダルバDOC
ドルチェット・ダルバDOC
> バローロDOC
注2:「ランゲDOC」と同じく1994年には、ピエモンテ州において「ピエモンテDOC」「モンフェッラートDOC」といった広範な地域を対象としたDOCが制定されました。)


DOCとDOCG

 1981年、バローロとバルバレスコはイタリアの最上級カテゴリーであるDOCG(保障付き原産地呼称)の認定を一早く獲得しました。

 ここでDOCとDOCGについて少し触れておきます。1998年末現在、21銘柄が指定されているDOCGワイン。最後の「G」は「Garantita : 保証」という意味。つまりDOCワインの中でもさらに別に定められた諸条件注3を満たし、法によって保証されたワインということになります。
 最も早く認定されたのは1980年のブルネッロ・ディ・モンタルチーノで、続いて翌年バローロやバルバレスコ、ヴィノ・ノビレ・ディ・モンテプルチアーノ、そして1984年にはキアンティといった著名なワインが認定を受けました。

 ここで勘違いされやすいのが、ワインの品質。フランスにおいてはAOCの上位にあたるクラスはありませんが、イタリアはDOCGが出来たため、あたかも品質まで決定づけるような法律と思われがちです。確かに化学分析や官能検査まで含むDOCGは、高品質を保証するものですが「原産地呼称」を基礎とするワイン法に、難解なカテゴリーが増えたと感じるのは私だけでしょうか。

 そういった意味では、上記の「ランゲDOC」の制定は、高品質を目指す造り手にとっても、ある程度の栽培・醸造上の自由を享受でき、なおかつDOCワインとして法的に認められるものであり、バローロの受け皿であったネッビオーロ・ダルバ、その受け皿としてランゲを定めるといった「DOC内の整理」は、多品種のブドウを抱えるイタリアにとって重要な事項だと思います。これは前編で書いた「スーパーVdT」を産んだ法の問題解決にも繋がると思われます。

 実際「バルバレスコの革命家」と呼ばれるアンジェロ・ガイヤ氏は、有名な3つの単一畑から造るバルバレスコ(ソリ・サン・ロレンツォ、ソリ・ティルディン、コスタ・ルッシ)、さらにはバローロ・スペルスといった高い評価を勝ち得ていたワインを止め、以後は「ランゲDOC」としてリリースする予定だとか。ようやく「クリュ(単一畑)」の概念が浸透しつつあるというこの地(下記参照)で、あえてベクトルを異にするガイヤの選択には、何か大きな意味が隠されていそうな気がします。それらの「ランゲDOC」ワインが登場した時、市場の反応がどうなるのか?今からとても楽しみです。

注3:DOCGになるためには、最低5年間DOCワインである事、DOCワインより1haあたりの生産量を減少させること、化学分析と試飲検査により認められること等、多くの条件があります。)


イタリアとフランスの二大産地

 前編で書いたように、ピエモンテとトスカーナを取り上げた理由は、共にこうした変革を感じる産地だという事。

 しかし個人的にはもっと興味を持っていた理由がありました。それは、フランスに喩えれば「ピエモンテはブルゴーニュ」「トスカーナはボルドー」に似ているなと、ずっと考えていたことでした。

 トスカーナとボルドー。海外にも広く知れ渡ったこれら地方は、ワイン生産量も多く、どこか商業的。常にマーケットを意識したワインは、完成度が高く品質も安定しているように思います。ボルドーのカベルネ・ソーヴィニオンは今では全世界で栽培され、またトスカーナのサンジョヴェーゼも、イタリアにおいては広範な地域で栽培されていますし、徐々にカリフォルニア等の新しい国々でも成果を収めつつあります。

 それに対しピエモンテやブルゴーニュは好対照。生産量も少なく、農業中心のイメージ。そして上記で説明した如く、ピエモンテは歴史的にブルゴーニュの影響を受けています。
 ブルゴーニュのピノ・ノワールという品種は「旅をすることが出来ない」と言われ、世界中で栽培に成功しているのは、ほんの一握りの地域。そしてピノ・ノワール以上に、生産地が限定されているのが、ネッビオーロ種。この品種は北イタリア以外では、ほとんど栽培されていないと言ってもよいでしょう。
 ジャンシス・ロビンソン女史も「ワイン用葡萄ガイド」の中で、このように語っています。

「畑の位置に関する敏感さにおいては、ピエモンテのネッビオーロとバーガンディー(ブルゴーニュ)のピノ・ノワールは明らかに類似している」

 それだけ繊細でいて、土地の個性を表現しうるブドウ品種ということなのでしょう。実際のところワイン生産量でみれば、ピエモンテ州全体の3%前後というバローロ注2。このようなワインを「王のワイン」として崇め、神がかり的なイメージで地元の人々が捉えているのも頷けます。

 あまり口にする機会は少なくとも、どこか心惹かれる魅力を感じつづけていたバローロやバルバレスコ。「ワイナート最新号」マルク・デ・グラツィア氏のインタヴューの中には、その想いを端的に表した文章が掲載されており少し驚きを感じました。

「ギリシャ文学を勉強していた学生時代のことなんだけど、よく友達と言ったものだよ。人間には二種類のタイプがある。それはアリストテレス型とプラトン型だと。(中略)アリストテレス型の人間は貴族的で、堂々として、政治的で、現代的。プラトン型は神秘主義的で天国を夢見て、天使の声に耳を澄ます・・・(中略)ワインの世界でよく言われるボルドー派対ブルゴーニュ派ってあるだろ。アリストテレス型のボルドーとプラトン型のブルゴーニュという区別だと思わないかい。」

 トスカーナ出身であるグラツィア氏が何故にバローロに惹かれるか、よく理解できる言葉に思わず納得。こうやって考えると、ピエモンテの地に「クリュ(単一畑)」の概念が浸透しつつあるという話も分かります。新しい息吹を感じる「バローロ・ボーイズ」だけでなく、伝統的な生産者も含め、もっとピエモンテのワインを飲んでみたい思う今日この頃です。

注2:ピエモンテ州はDOCG、DOCワインの生産量がヴェネト州に次いで2番目に多い州ですが、この州の中でネッビオーロ種の産出量は1割程度でしかない。最も多く栽培されているのは、バルベーラ種。)

前編はトスカーナ州キャンティについてレポートしています。

今月の味わいのあるワイン」では、
ピエモンテと北部/中部イタリアのワインを特集しています。

参考文献
ワイナート
全訂イタリアワイン
ワイン用葡萄ガイド : Guide To Wine Grapes
田崎真也とみつける自己流ワインの楽しみ

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