エドワード・バンカー『ストレートタイム』

沢川進訳、角川文庫、1998年


犯罪小説。1978年に角川書店から単行本として刊行されている。
原題その他は、
Edward Bunker, "No Beast So Fierce", 1973.


仮釈放されて更生しようとした男が、カチカチ頭の保護観察官の独善的振 る舞いをきっかけに犯罪生活へ逆戻り、という話。『ドッグ・イート・ドッグ』 (黒原敏行訳、ハヤカワ文庫、1997年)ほど異質な印象は受けないが(翻訳の せいもあるかな)、「余分なものがなく内省的で行動的な犯罪小説」という印 象は共通だ。

今どき珍しい健全な小説である。


その健全さは、エピグラフにも現われている。

第一部:ウィリアム・ブレイク (「無垢の歌」?)。
第二部:ニーチェ (『ツァラトゥストラ』?)。
第三部:ディラン・トマス (「Do not go gentle into that good night」)。

SF以外でこんな大層なエピグラフを使われると、それだけでげんなりして 読む気をなくしてしまうんだけど、この作品の場合、その成立事情を無視する わけにいかない(刑務所の中で書かれた)ということもあって、特別扱いした い。


ブレイクとニーチェの出典は調べが付いていないので見逃すとして。
ディラン・トマスの引用はこんな風に訳してある(339ページ)。

あの良き夜に
優しく入っていくな
怒り、怒りを死にゆく光にぶつけろ

ある詩集では、こんな風に訳されている。

あのやさしい夜の中へおとなしく入ってはいけない
死滅してゆく光に向って 怒り狂え 怒り狂え [1]

原詩はこう。

Do not go gentle into that good night,
Old age should burn and rave at close of day;
Rage, rage against the dying of the light.

Though wise men at their end know dark is right,
Because their words had forked no lightning they
Do not go gentle into that good night.

Good men, the last wave by, crying how bright
Their frail deeds might have been danced in a green bay
Rage, rage against the dying of the light.

Wild men who caught and sang the sun in flight,
And learn, too late, they grieved it on its way,
Do not go gentle into that good night.

Grave men, near death, who see with blinding sigh
Blind eyes could blaze like meteors and be gay,
Rage, rage against the dying of the light.

And you, my father, there on the sad height,
Curse, bless, me how with your fierce tears, I pray.
Do not go gentle into that good night.
Rage, rage against the dying of the light. [2]


吉田健一という人がこんなことを書いている。

どういう訳だったのかトオマスの詩で最初に読んだのではなくて聞いたの は Do not go gentle into that good night の句で始まるものだった。この 詩のどこまでだったか。
……
これを訳した所でどういうことになるものでもない。この詩の一部を聞かせて くれたのはトオマスの友達の一人で、それがこの詩がどういう事情で書かれた かということも説明してくれた。そしてそれに就てはここで又キリスト教の神 というものを持ち出すことになる。 [3]

「神を呪詛することによって神を賛美する」という型の人間であった父親 を愛惜し追悼する詩であるらしい。「割り切るということをするのは頭が足り ない人間である」 [4] と吉田健一に言われるのを承知で割 り切れば、「Rage, rage against the dying of the light」は、光を消滅さ せる神への怒り、ということになる。

トオマスの詩に神という言葉は出て来てそれがその通りに響いても信仰と か、或はそれに類する言葉は見当らなくて又そういうことを表す場所がトオマ スの詩にあるとも思えない。それで神というものをその詩から取り払うのが最 も簡単な結末の付け方なのであるが神からトオマスの詩を切り離すことは出来 ない。その神は或は我々が今まで知らなかったものであるとも考えられる。 [5]

『ストレートタイム』の主人公には「重荷を受けとめてもらえる神がなかっ た」(163ページ)としても、339ページでは、そうした「我々が今まで知らな かった」神が呼ばれているのだった。


注:

  1. 『ディラン・トマス詩集』松浦直巳訳、彌生書房、1972年、93ページ。
  2. Dylan Thomas : Collected Poems 1934-1952, J. M. Dent & Sons, 1952 ; pbk edn, 1971, p. 159.
  3. 吉田健一『書架記』中公文庫、1982年、230-232ページ。
    この本の補註に収録された翻訳(羽矢謙一訳、259ページ)によると、
    あのやさしい夜のなかへ素直に入っていってはならぬ
    光の消えゆくことに逆って 激怒せよ 激怒せよ

    ここで引いた三種の訳文の中では、これが一番わかりやすく正確だと思う。

  4. 同上、233ページ。
  5. 同上、242ページ。

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Last Modified : Jul 31, 1999