ハヤカワ・ミステリ文庫に収録されている以上、ある種のミステリであるに違いない。
原題その他は、
Michael Butterworth, The Five Million Dollar Prince, 1986.
問題は、筆者は著者をSF作家としてしか知らないこと。知っているとは言っても、SFアンソロジーに収録されていたごく短い作品を見かけたことがあるだけ。そのアンソロジーの「序」でマイクル・ムアコックが言うには、
マイクル・バターワースは旧来の物語叙述を生涯において一語たりとも書いておらず、バロウズの頭から完全に成熟してとびだしてきた。バロウズの作品こそが彼に創作のインスピレーションを与えたものなのである。……バターワースはバロウズの技法を彼独自のヴィジョンに適合するよう応用して使いこなしている。[1]
同じ本の「訳者あとがき」にも簡単な作家紹介があって、
マイクル・バターワースはヨークシャー生れ。美術大学を出て、技師として研究所に勤務しながら<コリダー><ワードワークス>などの編集・発行人を務めている。ニュー・ワールズに "Circulation of Condensed Conventional Straight-line Word-image Structures (Radial-planographic Condensed Word-image Structures, Rotation about a Point)" という長い題名の”回転円グラフ小説”など、きわめて実験的な作品を発表している。
……。長編としてはまた、ムアコックと共作の "Time of the Hawkloads" ('76) があるほか、ミステリーも書いていたように思うが、……。[2]
という程度に理解していた。「ミステリーも書いていたように思うが」という箇所などはあっさり忘れ、「バロウズの技法を……応用して使いこなしている」という評価からして、いかにも群小ニューウェーヴSF作家っぽい作家であろうと。
この本の冒頭。
「さあ皆さんお降りください──どうぞ」
バンベリーは手慣れたオクスフォード訛りのバリトンに抑揚をつけてそう言うと、アルバート・ホールわきにある駐車場のギラギラする日射しの中へ、引率してきた観光客をさっさと降りて行かせたが、自分はバスの中に坐ったままだった(7ページ)。
まともな散文で、この後の物語は順調過ぎるほど順調に進展していく。これはどう見ても、ムアコックの言う「旧来の物語叙述を生涯において一語たりとも書いておらず」という規定と噛み合わない。もっともムアコックがそう書いたのは1969年だから、それ以降のバターワースの生涯については何も教えてはくれないんだけど(『アルバート公』が出たのは1986年)。
この本の「訳者あとがき」は、「マイクル・バターワース」がペンネームであること、1987年に死んでいることを教えてくれる。その他、
趣味はヨット、狩猟のほか、マングース、白鳥、オオタカの飼育だった。人柄もいささか風変りだったらしく、本気で幽霊の存在を信じていたし、彼が住んでいた十六世紀風の家は事実<幽霊屋敷>だったという(286ページ)。
バロウズも「本気で幽霊の存在を信じて」いることができた。[3]
それにしても、「バロウズの頭から完全に成熟してとびだしてきた」ような奴に、まともな小説が書けるわけがない。訳者は「プロットの運びも波瀾万丈なブラック・コメディ・スリラーとも言うべきもの」(286ページ)と捉えているようだが、波瀾万丈というよりは、臆面もなく御都合主義的と言った方が適切。
御都合主義と言えば、横田順彌が紹介する明治の小説が連想されて、
『……一体貴女は何処の御方です』
『は、妾は東京のものです』
『東京は何処です、僕も東京のものですが』
『本郷の駒込で御座います』
『本郷の駒込! ほう、其れは奇体だ、僕も駒込だ、駒込の一体何処ら辺りです』
『畠山さんと云ふ、華族さんの直ぐ傍の煙草屋の娘で御座います』
『何に煙草屋の娘!』
『おや、貴郎[あなた]は御存知で存[いら]つしやいますの』
『おゝ、知つて居るとも、僕は畠山の三郎さ』
『えツ、貴郎が畠山の若様! まあ!』[4]
「密航した主人公と誘拐された近所の娘が、同じ船で顔を合わせるなんて、まるで、小説のような話だ。(笑い)」[5]。まあ、これほどではないにせよ、似たようなもんだ。バターワースは、プロットなんて御都合主義的で充分と考えている節がある。イカサマくさくて嘘くさい。その嘘くささを訳者は「コメディ」と勘違いしたんじゃないだろか(上で引いた明治の小説が、コメディでもないのに笑いを誘ってしまうように)。
バロウズの影響が顕著でミステリも書く『ニュー・ワールズ』周辺のSF作家、と来ればジョン・スラデック。そのスラデックと比べても、バターワースの方がずっと紛い物っぽい。
というわけで、ピーター・ディキンソンあたりがサンリオSF文庫に入るのならこの本だってSFだ、と強弁したい気持ちがなかなか消えないのである。
バロウズ 近くにそのくらいの子供が住んでいた?
スタイン まわりに子供はいなかった。
バロウズ なぜかというと、きみたちも知っているだろうけど、ポルターガイストはほとんどの場合、若い人たちを通して出てくる。
スタイン そう言えば、ぼくらのバンドの一番年下のベーシストがいつも神経衰弱だったな。
バロウズ それだよ、それ。
スタイン ゲリーはもうすこしで感電死するところだった。
バロウズ そいつはすごい! それは本物のポルターガイストだな。