メエテルリンク『人生と草花』

土居通彦訳、春秋社(杜翁記念文庫)、1921年


大正10年刊行の謎の本。謎が多く、どういう本なのか一言では説明しにくい。
『青い鳥』と『ペレアスとメリザンド』と『蜜蜂の生活』のメーテルリンクの本、と言うだけでは済まないのだった。


●謎その1「杜翁全集刊行會」

奥付の発行元は「株式會社春秋社内 杜翁全集刊行會」となっている。「杜翁」はトルストイのこと(表紙に、トルストイらしき人物の横顔のシルエットが見える)。この本は、内田魯庵+有島武郎が監修する「杜翁記念文庫」の第8巻であるらしい。「豫約」とあって値段は書いてない。

メーテルリンクとトルストイ? どんな関係があるのだ? 「譯者序」に曰く、

メエテルリンクの藝術や思想に就いては、既に紹介せられたものが澤山あるから、それを繰返す必要もあるまい。その道徳がトルストイとニーチエとの思想の間に介在して、特異の地位を占めてゐる事も人の知る通りである(5ページ)。

いや、「トルストイとニーチエとの思想の間に介在して」るとは知らなかったです。知らなかったけど、とりあえず、そういうことにしておきましょうか。


●謎その2「レオパルヂ」

附録が付いている。譯者曰く、

メエテルリンク丈けでは豫定の頁に達しないから、柳田泉氏譯のレオパルヂの『感想』を補足として収める。レオパルヂに附いては第四巻の巻頭に小傳が載つている(6ページ)。

当然ながら、このレオパルディの『感想』はメーテルリンクとは無関係(トルストイとの関係についても不詳)。単なる穴埋めである。なんでメーテルリンクの他の作品を収録しなかったのだろう?


●謎その3「英語からの重訳」

肝心のメーテルリンク。2編が収録されている。『昔時流行した花』、『人生と草花』。いずれも英語からの重訳。

『人生と草花』の方は英譯 "Life and Flowers." を譯したものである。その巻頭のノートによると、二三の題目を除くの外、フオートナイトリイ・レヴィウ、ハーパアス・マガヂン、アトランチック・マンスリイ、ニューヨーク・クリチック、インタアナショナル・クォータリイ、プットナムス・マンスリイ、ウェストミンスタア・ガゼット、ディリイ・メイルその他の新聞雑誌に掲載せられたものを纏めたものであるらしい(5ページ)。

これだけあちこちの新聞雑誌に記事が載り、本にもまとめられたということは、当時の英米でもメーテルリンクは人気があったものと見える [1]。それにしても、なんでわざわざ英訳本から重訳したのだろう?


●謎その4「花の智慧」

メーテルリンクと草花ということなら、工作舎から翻訳が出ている『花の知恵』[2] という本がある。これとの関係はどうなっておるのだ? と目次を眺めていたら、『人生と草花』の中に「花の智慧」という章がある。分量は80ページほど。一つの章に収まってしまうとは英訳が抄訳だったのか、とも思ったが、『花の知恵』の方を調べてみるとこれも130ページほどしかなかった。期待通り、同じものである。

とくれば、翻訳を比べてみずにはいられない。まず冒頭部分。

私は啻、どの植物學者も皆知つてゐるほんの二三の事實を爰で、思い出して見たいと思ふ。一つとして私が發見したのではない。そして此の貧弱な仕事は、ほんの二三、初歩的な觀察に止めて置く(210ページ)。

「啻」は「ただ」、「爰で」は「ここで」と読んでおく(他の読み方が想像つかないので)。
工作舎版は、

本書では、植物学者なら誰でも知っている事柄ばかりを、あらためていくつか取り上げてみたいと思う。何か新しい発見をしたわけではない。ただ初歩的な観察の記録をお目にかけるまでである。[3]

「杜翁記念文庫」版の方は、いかにも直訳風でうれしいですね。どうせ重訳なんだから、これでいいんじゃないでしょうか。


●謎その4「花の智慧」の続き

適当に開いたページから例をもう一つ。

誰か百年前に、楓や菩提樹などがその木の出生の時から利用してゐる螺旋器の特性を夢想したと云ひ得よう。吾々はいつになつたら、たんぽぽのそれのやうにしつかりした、輕い、微妙な、安定な落下傘或は飛行機を造ることに成功するであらうか。いつになつたら吾々はかのレダマの金色の花粉を空中に彈き出すやうな力強い發條を、絹の花辧のやうな脆弱な織物の中に仕込む祕訣を發見するであらうか(245-6ページ)。

工作舎版。

カエデやボダイジュは木の誕生以来プロペラを用いてきたが、プロペラの特性に気づいていた人間など、今から百年前でさえ、ひとりとしてなかったのではないだろうか。タンポポのものに劣らず頑丈で、軽く、性能が良くてしかも安全なパラシュートや飛行装置を人間が作り上げるまでになるのは、いつのことだろうか。黄金の花粉を空中に飛ばすスペイン・エニシダ(Spartium Junceum)の発条に劣らぬ強力な発条を、絹の光沢をもつ花びらほどに破れやすい布から切り出す秘訣を人間が見出すのは、いつのことだろうか。[4]

「螺旋器」ってのはいいな(ワインの栓を開ける時に使うやつを想像してしまうけど)。プロペラが螺旋であるとは頭になかった。[5]


目次


昔時流行した花

人生と草花 付録

注:

  1. 日本でも劇作家として人気があった。メーテルリンク『白蟻の生活』(尾崎和郎訳、工作舎、1981年)の訳者あとがきを見ると、

    わたしの手もとにある一九二三年発行の近代劇大系第一○巻(近代劇大系刊行会)には、『群盲』、『闖入者』、『タンタジールの死』、『ペレアスとメリザンド』、『アグラヴェヌとセリセット』、『モンナ・ヴァンナ』、『青い鳥』が入っており、また、一九二七年発行の近代劇全集(第一書房)第二四巻には『タンタジイルの死』、『部屋の中』、『潜み入る者』、『ペレアスとメリザンド』がおさめられている。
     このようにその主要な作品のほとんどが翻訳、紹介されたということは……。(183ページ)。

    山田風太郎の1945年の日記(『戦中派不戦日記』講談社文庫、1985年)には、4月にメーテルリンクの『モンナ・ヴァンナ』『闖入者』『ペレアスとメリザンド』を読んだことが記されている。彼が手にしたのは「近代劇大系第一○巻」だったのかもしれない。

    劇作家としてのみならず、思想家としても評価されていた。『人生と草花』の訳者序も、「併し劇作家と云ふ點丈けを論ずれば、果して彼が歐洲文壇第一流の地位を占め得る人か何うか甚だ危い。彼をして當代の文界に重きをなさしめている所以は、夢想家として、思想家としての一面にある」(3ページ)と書く。

    大正11年に刊行されたメーテルリンク伝の解説からも引用しておこう。
    吉江孤雁「マーテルリンクの思想藝術の解説」、『マーテルリンク評傳』(冬夏社、1922年)、17-8ページ。

    彼は肉の生活を靈の光で照らし、純化せしめ、従順な僕婢とはしたが、それを無視し、また等閑に附したのではない。却つて、その従順な僕婢をば大切に取扱つた。彼は拳闘家として有名な人である。彼の拳闘についての論文はその事を頭に置いて讀む可きである。彼が花についての研究、動物の生命の研究、更に「蜜蜂の生活」(一千九百一年)なぞは、萬有を通じて流る生命の活躍を人間以外の生物にも認め、それ等の生活に科學の目を向けたものである。併しこの科學は、普通の科學ではない。美の科學、詩の科學、更に適切に言へば靈の科學である。

    大正時代にも『蜜蜂の生活』は見逃されていたわけではないのだ。

  2. モーリス・メーテルリンク『花の知恵』(高尾歩訳、工作舎、1992年)。
    こちらはフランス語原著(L'Intelligence des fleurs, Fasquelle, 1912. 初版ではない)からの翻訳で、荒俣宏の協力による挿画付き。
  3. 同上、6ページ。
  4. 同上、64ページ。
  5. ライト兄弟が初飛行に成功したのは1903年。前部にプロペラの付いた単葉機の登場は1907年頃(フランスのルイ・ブレリオ)。メーテルリンクの原著初版の刊行も1907年。飛行機の「螺旋器」がようやく注目を集め始めた時代か。その後、工作舎版の底本であるFasquelle版が出た1912年までには、ドーバー海峡横断飛行やアメリカ大陸横断飛行などが成し遂げられている(ちなみにリンドバーグが大西洋を飛んだのは1927年)。

    それ以前は、「螺旋器」と言えば船のスクリューである。明治42年(1909年)初版の志田義秀+佐伯常麿編『類語の辞典』(講談社学術文庫、上下巻、1980年)には「螺旋器」という項目はないが、

    [推進螺旋]スヰシンラセン(汽船、軍艦等の艫より水中に突出して、二個以上のねぢれたる翅あるもの)。

    とある(『類語の辞典』下、1688ページ)。多分、screw propeller を訳したもの(だからスクリューもプロペラなのである)。


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Last Modified : Feb 21, 2004