ディックの作品みたいなタイトルであるが小説ではなく、1938年10月30日のラジオドラマが引き起こした大騒動の研究書。
原著は、
Hadley Cantril, The Invasion from Mars : A Study in the Psychology of Panic, Princeton Univ. Press, 1940.
みなさん、大陸間ラジオ・ニュースから最新のニュースをお伝えします。……。午後八時五〇分、隕石と思われる巨大な閃光を放つ物体が、トレントンから二二マイルのニュージャージー州グロバーズミル近郊の農場に落下しました。空での閃光は半径数百マイルの地域でみられましたし、落下の際の轟音ははるか北のエリザベスでも聞かれました。 (p. 9-10)
御存知、オーソン・ウェルズの『宇宙戦争』。CBSラジオで1938年10月30日(日曜日)の夜8時から9時まで放送された。この本にはそのシナリオ全編が収録されているので、かいつまんで紹介。
まず、アナウンサーによって、これから放送されるのはH・G・ウェルズの『宇宙戦争』であることが告げられる。
オーソン・ウェルズの語り。
……火星と地球とのあいだの空間をよぎって、われわれとジャングルの野獣とのあいだにある差ほどのちがいを人類とのあいだに持つような、冷酷で無情な、途方もない知性を持つ存在が、この地球を羨望のまなざしでみつめ、しだいにしかも確実に、われわれを自分たちのたくらみの方向へと引きよせようとしていたのです。…… (p. 3-4)
アナウンサー「ラモン・ラクェロとその楽団の演奏をみなさんにお送りします。スペイン風のタッチで、まずラ・クンパルシータから」(p. 4)。(以後随所で、場面転換のつなぎに音楽が流れる)。
火星で爆発が観察されたという臨時ニュースで音楽中断。プリンストンの天文台から、レポーターによる天文学者へのインタビュー。火星には知的生命体は存在しない、という天文学者のコメント。
冒頭に引いた、ニュージャージー州に隕石らしき物体が落下したという最新ニュース。天文学者と共に落下現場に到着したレポーターの実況。農場主へのインタビュー、天文学者の「あれは地球上にはない金属で、隕石でもないようだ」というコメントの後、
ちょっとお待ちください。何か起こったようです。みなさん、これは恐ろしいことです。物体の端がめくれ落ちはじめました。てっぺんの部分がスクリューのように回転しはじめました。…… (p. 14)
集まった群衆の騒ぐ声。レポーターの実況が続く。金属の円筒の中から、触手を備えた熊くらいの大きさの怪物が姿を現す。そいつが熱光線を発してあたりは炎に包まれ、実況中断。
スタジオへ戻る(レポーターは黒焦げになった)。戒厳令が引かれ、州兵軍四個師団が派遣された、という州兵軍司令官のコメント。(以降、場面転換の音楽なし)。現場の大尉による作戦の説明と実況。
アナウンサーによる非常な急展開の説明。
怪物は目下の所ニュージャージー州中央部を制圧し、州を両断してその機能を停止させております。通信はペンシルバニア州から大西洋岸まで不通であり、鉄道も分断され、アレンタウンとフェニックスビル経由の線を除いては、ニューヨークからフィラデルフィアへの鉄道は不通になっております。北部、南部および西部へのハイウェイは、狂乱状態の人びとでいっぱいで大混乱を呈しています。警察と予備軍は、混乱状態で逃走しようとする人びとを統制することができずにいます。 (p. 22)
内務長官による「この国家的緊急事態についての臨時放送」。
国民のみなさん、わたくしは現在わが国が直面している事態の重大さを隠しておくつもりはありませんし、政府がみなさんの生命と財産を守る点で危機に直面していることを隠しておくつもりもありません。しかし、市民のみなさん、公務員のみなさん、そしてみなさんの全部に、冷静で思慮深い行動をとられる必要があることを、強く要請したいと思います。…… (p. 23)
アナウンサーによる現状報告。火星人のロケットが飛び回って、送電線や鉄道を破壊している。落下した第二の円筒が発見される。怪物と陸軍の闘いの実況。爆撃機の編隊が全滅。緊迫した交信。さまざまな効果音、サイレン……
警告します。有毒の黒煙がジャージー沼地からしだいに拡がっております。すでにサウス・ストリートに達しました。ガスマスクは役に立ちません。広い場所へ避難するよう勧告します。クルマはルート七、二三および二〇を使用してください……人口過密地は避けること。煙は現在、レイモンド大通りに拡がっています……。 (p. 29)
アナウンサーによる非常な急展開の説明と実況。
わが陸軍は全滅しました……砲兵隊、空軍、全部終わりです。これが最後の放送になるかと思われます。われわれは最後までここにとどまります。人びとはこの下で礼拝を行なっております……教会のなかで…… (p. 30)
ニューヨークに到着した火星人の機械。円筒が全国各地に落下しているというニュース。消えゆく放送と応答のない交信……
H・G・ウェルズの『宇宙戦争』を放送中というアナウンス。(20秒の休憩)。H・G・ウェルズの『宇宙戦争』を放送中というアナウンス。
最期まで延々と、生き残った天文学者のモノローグ(声はオーソン・ウェルズ)。
オーソン・ウェルズの語り。H・G・ウェルズの『宇宙戦争』をお送りしましたというアナウンス。番組終了。
その夜の10時半、11時半、12時に放送されたお断り。
今夜、東部標準時の八時から九時まで放送されたオーソン・ウェルズとマーキュリー劇場の番組をお聞きになった聴取者の方々で、この番組がH・G・ウェルズの有名な小説『宇宙戦争』の現代的な翻案にすぎないことをご理解いただけなかった方々に申しあげます。番組中で四回はっきりと申しあげたことを繰りかえしますと、アメリカ国内の都市の名前が用いられましたが、すべての小説やドラマと同様に、この物語全体とそのなかの出来事はすべてフィクションであります。 (p. 44-45)
「この番組を放送した局の六〇%は、誤解が拡まりつつあることを知って番組を中断し、その地方局向けのアナウンスをいれた。他の局は番組終了後に、同様のアナウンスを行なった」(p. 45)。
「少なくとも六百万人がこの放送を聞き、そのなかで少なくとも百万人がおびえたり、不安に落ちいったりしていた」(p. 47)。
分析はつまんない。
火星人の侵入の調査者としてのわれわれの仕事は、基本的にはパニック行動の原因となる要因を見出すことにあった。われわれの解釈で「原因」と見なされたのは、聴取者の心理的条件あるいは聴取状況であって、こうしたものがこの放送をニュースとして考えるような信念を作りだし、それを持続させたのである。 (p. 193)
教育程度、批判能力(他の局を聞いてみよう……)、特別な知識(原作を読んだことがある……)、個人的感受性(悩みの量、信心深さ……)、聴取状況(家族全員で、一人きりで……)、歴史的背景(戦争……)、いくつかの例外。
どれも当たり前過ぎて。
「火星人の来襲」であったことの特殊性の指摘。
要するに、放送によって引きおこされた極端な行動は、この事態によって作りだされた法外な自我関与の感覚と、個人には侵略の成行きを緩和したり統制したりする能力が全くないことからきている。火星人の来襲は、個人がある価値を犠牲にすれば他の価値を残すことができるような事態で起こったものではない。それは自分の生命を捨てて国を救うとか、自己否定によって新しい宗教の先達となるとか、あるいは家族の財貨を守るために泥棒の銃弾をあびる危険を冒すといったことではなかった。 (p. 207)
是が非でも何かしなきゃならないのに何をしても無駄と悟った時、人間はパニックに陥る、ということね。たぶんネズミや犬でもそうなるでしょ。パラノイア的強迫観念や揺るぎなき信仰は、パニックを防ぐ。
「わしはドイツ人がみんなをガスでやっつけようとしていると思ったね。火星人だなんていっていたが、アナウンサーはよく知らないで、まだヒトラーがかれらを送ってよこしたのを知らないんだと思ったね」 (p. 104)
ドイツ人となら戦える(そして勝てる)。
面白いのは「ビックリしたことがクルマの運転に与える影響」(p. 215)。ビックリすると、みんな時速80マイル(130km)で運転してしまうらしい。それくらいが最高速度だったようだ。
しかしこの本の最大の価値は、『宇宙戦争』のシナリオが収録されていること。それだけで充分。