全部で5冊の「パンタグリュエル」シリーズのうち、ラブレーが一番最初に
書いたとされるもの。
Francois Rabelais, Pantagruel roy des Dipsodes, 1532.
Francois」の「c」はヒゲ付きだが、文字化けするので省略。
岩波文庫版の5冊は以下の通り。すべて渡辺一夫訳。
原題中のアクセント記号は、文字化けを避けるために省略してある。
1 と 2 は、本名のアナグラムである「Alcofrybas Nasier」という作者名
で刊行された。原著はいろんな版があり、刊行年も確定的ではない。
1 から 4 までは、すべてパリ大学神学部によって禁書に指定された。5 は
死後出版で、偽作の疑いもある。
第7章の、サン・ヴィクトール図書館架空書籍目録の中に、こんなものがあ る(59ページ)。
レーモン・リュル著『王族児戯耽溺(デ・バティスフォラギイス・プリ ンキプム)』
レーモン・リュル(ラモン・リュル、ライムンドゥス・ルルス)という人 は、こうした架空の書物リストに、「もっともらしさ」と「うさんくささ」を 付加するのに欠かせない。キルヒャーに劣らぬ、架空文献学上の重要人物であ る。
ボルヘスの、「『ドン・キホーテ』の著者、ピエール・メナール」にも登 場する。ピエール・メナールの著作リストの中に。
(f) ライムンドス・リュルの『大芸術』についての研究論文(ニーム、一九〇 六年)[1]
ここで『大芸術』と訳されている、『Ars Magna』(大いなる術)という著 作は実在する。この著作については、フランセス・イエイツ『記憶術』等を参 考にされるとよいが、一部引用しておこう。
ラモン・ルルはトマス・アクィナスより十歳年少である。彼は、アルベルトゥ スとトマスによりつくられ奨励されていた古典的記憶術の中世的形態が最も華 やかだった時期に、自らの<術>を普及させようとしていたのであった。…… マヨルカ島のランダ山で啓示を与えられたのが一二七二年頃。彼はその際に、 神の属性である善、偉大、永遠といったものが万物に注ぎこまれるのをみて、 かかる属性に基礎をおいた<術>がつくられれば、実在に立脚している以上、 普遍的な効力をもつことに気付いたのである。彼が自らの<術>の最も早いヴァー ジョンをつくったのは、それから間もなくのことであった。彼の残りの生涯は、 その<術>に関する書物を書くことに費やされる。彼は様々なヴァージョンを つくったが、最後にくるのが一三〇五〜八年の『大いなる術』(Ars Magna)。 [2]
ルルスは多数の著作を残している。ただし、残念ながらというか、当然な がらというか、『王族児戯耽溺』なる著作を物したという記録は見つけること ができない。
ラブレーがルルスを引き合いに出している箇所は他にもある。第8章、父ガ ルガンチュワから、遊学中のパンタグリュエルへの手紙(70ページ)。
幾何学、算術、音楽のごとき自由学芸は、そなたが五歳より六歳にいたる頃の 未だいとけなき折にその心得を若干授け置き候えば、続けてこれを修められた く、天文学に関しては、その法則のすべてを学ばれたく存じ候も、卜筮占星及 びリュリウスの幻術は、謬説虚妄として棄却いたされたく候。
訳注によれば、ここの「リュリウスの幻術」というのは、ルルスの『Ars Brevis』(小さき術)を指しているという。『小さき術』は、ルネサンスの時 代、ルルスの著作の中で最も有名なものだった。『天文学新論』(Tractatus novus de astronomia)という著作もあるが、これは未刊。[3]
ルルスの「術」というのは、いくつかの基本的な概念や記号の書かれた同 心円状の輪を回転させ、その組み合わせによって、知識や創造物や神の属性の あらゆるパターンを再現してみせよう、という壮大な企図を持つ。天文学的・ 占星術的・宇宙論的概念も、当然、組み合わせの対象とされるので、「卜筮占 星」と合わせて、「幻術」「謬説虚妄」呼ばわりされても不思議はない。
数学的・機械的な操作によって新たな(隠されていた)知識を見出す、と いうこの手法は、ルネサンスの思想家の一部に強い影響を与えているが、ラブ レーの周辺にも、そうした影響は及んでいたらしい。
「encyclopedie」という言葉がフランス語として用い
られた最初の例(訳注による)、が157ページに登場。
最後から二番目の「e」はアクサンタギュ付きだが省略。
注: