Part 1 | Part 2 | Part 3 ||| Books | Home

William S. Burroughs in "Fool's Mate" : Part 1


『バロウズ本』における山形浩生の指摘に触発され、音楽雑誌『フールズ・メイト』とウィリアム・バロウズとの関わりを調べてみた。手元にあるのが11〜96号 (ただし76、81、83、86、88、90〜95号欠) なので、それ以前/以後の号に関しては未調査。

「時」欄の日付は、雑誌や本に関しては奥付の記載に従う。

「記述」欄の引用はすべて『フールズ・メイト』から。誤字・脱字等はそのまま引用し、[ママ]と注記した。バロウズの登場箇所をボールド化したのは引用者である。[……]は中略を表す。

よく出る略語。



[ 〜18号]:"Nothing Here Now But The Recordings" が登場するまで

記 述補 足
1978年7月
『ノヴァ急報』

■ウィリアム・S・バロウズ『ノヴァ急報』諏訪優訳、サンリオSF文庫。

「訳者にとっても、バロウズは正直に言ってかなり手ごわい代物なのだが、ギンズバーグの詩にはじまって、ケラワックその他、いわゆるビート文学との関係でアメリカと付き合う破目になって現在に至った私としては、ビートの黙示録的天使長であるバロウズの代表作『ノヴァ急報』を全訳する機会を得たことは幸運であり運命的でもあると言うよりほかはない」(「訳者あとがき」、251ページ)。

1979年1月
『爆発した切符』

■ウィリアム・S・バロウズ『爆発した切符』飯田隆昭訳、サンリオSF文庫。

「すでにビートの旗手的存在であったジャック・ケルーアックは死に、ギンズバーグは詩の朗読会のスター、講演会やシンポジュームの主役、ヨーガ・禅などの東洋神秘主義の唱導者になり変って作品による文学活動はすくなくなっているようですが、バロウズただ一人いまだに書きつづけ、その文学の輝かしい軌跡をわれわれに示してくれているのはうれしい限りです」(「訳者あとがき」、293ページ)。

11号

1980年3月

ウィリアム・バロウズの "ソフト・マシーン" をグループ名に、混沌とした《ストリーム・オブ・コンシャスネス・ロック》を演奏するアナーキーなグループが本格的に活動し、そこからの分化物として、フランスのミュージック・シーンからはゴング、またイギリスからはキャラヴァン、エッグ、ケヴィン・エアーズ、クワイエット・サンなど、高度に意識化された音楽構造の確立に挑戦するエクスペリメンタルなロック・グループが登場する。音楽が《情況》を超越した最初の瞬間だった。

■北村昌士「ブリティッシュ・アンダーグラウンドの軌跡」、46ページ。

手持ちの号の中では最初のバロウズへの言及。

ソフト・マシーンに絡めてのバロウズ。単純な名前の繋がりである。Mister Head というバンドが改名してソフト・マシーンになったのだが、 「Nova Express」も名前の候補に挙がっていたようだ (後者を選んでたらバンドの印象は随分と違ったものになったろうし、「マッチング・モール」というバンドも誕生しなかったはず)。

12号

1980年5月

マクルーハンによって「クールなメディア」と規定された電話が使用された Death Threats、グリッスルは電子回路の混乱したテレビのように我々の感覚を柔らかく汚染する。

■秋田昌美「Throbbing Gristle 反教育の為のパラノイア」、35ページ。

後にバロウズと切っても切り離せなくなるTGも、この頃はマクルーハンと結び付けられていた。

そうした中でとりわけソフト・マシーンの位置は重要である。英国とフランスに相互に出没するという現象学的意味性と同時に "ソフト・マシーン" という名称自体、ウィリアム・バロウズの薬物存在学とクレス・オルデンバーグのオブジェ概念のサイキックな結合としてフランス・アート・ロックに特有なエロスの関係性を示唆する点で興味深い。
 バローズは「裸のランチ」やアレン・ギンズバーグとの「麻薬書簡」によりあまりに有名であり、オルデンバーグは「光線統制場」と称する石豪[ママ]性のハンバーガー、ワイシャツ、アイスクリーム、ビニール性の便器、タイプライター、果汁しぼり器等の展示により異彩を放った。
 ウィリアム・バローズも参加したダシェル・エダとゴングの共演アルバム "Obsolete" は前衛ジャズの良き理解者であるシャンダール女史のシャンダール・レーベルから発表され、五月革命以後のフランス・ロックの最初の傑作となっている。

■秋田昌美「ZNR 20世紀文明解体再生室内アート工房」、40ページ。

プログレ雑誌だった『フールズ・メイト』において、バロウズの名前が登場する契機というのは、何はさておきソフト・マシーンだったのだ。

s/石豪/石膏

13号

1980年8月

1964年にバーナード・ストールマンがニューヨークに設立したESPディスクには今だ[ママ]戦慄的な数々のエキセントリックな作業が収録されている。バイロン・アレン、ジュゼペ・ローガン、ペリー・ロビンソン、アルバート・アイラー、チャールズ・タイラー等フリージャズの異端者たち、ヴィレッジのファッグス、アシッド・フォークのパールズ・ビフォア・スワイン、はてはウィリアム・バロウズやチャールズ・マンソンまで、神経と脳髄をひたすら功撃[ママ]する表現的行為はESP感応であると同時に Esperanto であろうとするレーベル自体の意図によって、単に感覚の浪費ではないトータルでメタな音楽言語創出を試みていた。

■秋田昌美、Patty Waters, "College Tour" のレビュー、93ページ。

この辺りは音楽雑誌らしい登場の仕方。

メガトン・フォー・ウィリアム・バローズ」('63) は10チャンネルのテープと電子音響彫刻によるライヴ・エレクトロニクス作品。

■秋田昌美、Gordon Mumma, "Dresden/Venezia/Megaton" のレビュー、94ページ。

'The Dresden Interleaf 13 February 1945'
'Music from the Venezia Space Theatre'
'Megaton for Wm. Burroughs'
の3作が収録されたレコード (Lovely Music/VR 1091, 1979)。

肝心の「Megaton」は、バロウズの "The Exterminator"(1960年。Brion Gysin との共作でカットアップ詩を収録) の影響下に構成された作品。

Gordon Mumma
18号

1981年10月

このレコードは1950年代末から60年代を通して録音されたバローズの朗読のテープと、T.G. のジェネシスが操作したテープから構成されている。所々に "We Hate You" を彷彿させる、狂的な音響空間が埋め込まれているとはいえ、あくまで朗読なので、その意味では退屈であるかもしれない。
 バローズの朗読のレコードは過去に幾つか発表されたが、このレコードがそれらと決定的に違うのは、録音に対するバローズの姿勢である。あたかも隠しマイクで録音されたかの様で、明らかに High の状態にある彼が、不謹慎に、鼻歌を歌い、笑い (それも狂笑的な) を含んだ呟きを漏らし、呂律の回らない舌で朗読している。かつてこれ以上、バローズらしい朗読はなかった。バローズ・フリークスの一人である小生にとって、感慨、そして、彼の著作の一節が次々と浮かんでは消えていく。
 そんな中に先にのべたジェネシスのテープ操作によるノイズが、プロムナード風に現われ、ジェネシス自身のメッセージが浮かび上がってくるような気がする。ここに、ジェネシスが、あえてこのレコードをリリースした、真の意図があるのではないだろうか。
 ジェネシス・P・オーリッジの意図を探ることは容易ではない。もし彼の意図が、心身が全く無防備な時にノイズに接すればそれが真の意味を表わす、ということを知らせることにあるのなら、我々は沈黙する他ない。

■降矢木寿一郎、William S. Burroughs "Nothing Here Now But The Recordings" のレビュー。

Industrialレーベルからリリースされ、TG (ジェネP) からバロウズへの繋がりをはっきりと顕在化させたレコードに対する、何ともナイーヴな (まともな) 反応。この時点でも、評者はジェネPとバロウズとの関係を計りかねている。

しかし、このレコードのリリース以後、『フールズ・メイト』のバロウズに対する姿勢は決定的に変化する。バロウズを利用したジェネPのイメージ戦略にそのまま乗っかるような形で、バロウズが取り上げられる機会が増えていく。



[19〜26号]:"RE/Search" バロウズ特集号と出会うまで

記 述補 足
19号

1981年12月

それは日常の社会が今や体系的に行使する抑圧のメカニズムを、様々なレヴェルから注意深く取り除き、常識的な幸福の概念や良識あるコミュニティーとも何の関連もなく自律し運動している「もうひとつの文明」であり、それ自体文明全体に対する「もうひとつの感受性」としての立場を包含している。シーンの中心人物のひとり元TGのジェネシス・P・オーリッジは自らそれを「サイキック・ユース Psychic Youth」と名付け、現代文明に対する興味深いアプローチをいくつか示した。それがチャールズ・マンソンの立場であり、アレイスター・クロウリーやウィリアム・バローズの立場であり、戦争や殺人を通して出現する人間性の極度に残忍な一面であり、ポルノグラフィーに異常な関心を示すサラリーマンの立場であったことは示唆的である。

■北村昌士「現代のサイケデリック」、18ページ。

早速ジェネPとバロウズが結び付いた。

『フールズ・メイト』では「バローズ」と表記されることが多い。著作の邦訳はどれも著者名「バロウズ」であるから、「バローズ」という書き方をどこで学び何故それにこだわり続けたのかも気になるところ。

コンピュータ方面では「バローズ」の方が一般的かもしれないし、ターザンの方の Burroughs は創元推理文庫だと「バローズ」だし、日本語参考文献としては貴重な存在だったジョン・タイテル『ビート世代の人生と文学』(紀伊國屋書店、1978年) でも、「ウィリアム・バローズ」。

私は元来、残存の疑惑に関わっている。──ノヴァの共謀者達と、ノヴァの犯人達と、そしてノヴァの警察と共に。一つの新時代の神話は宇宙時代において可能となり、この惑星の意志にそって、英雄と悪漢が出現することだろう。私は、著述の未来は、時間ではなく、空間であると感じている。

ウィリアム・S・バロウズ、20ページ。

とうとうバロウズの引用も登場。出典は明示されてないが、'Fold-ins' というエッセイの一節。

早くも怪しげな翻訳が始まってる感じ。『バロウズ本』の柳下毅一郎の訳では、

「ノヴァ急報」(爆発する惑星への言及有り) と「爆発した切符」で、私の関心はまず第一に生存の問題であった──ノヴァ陰謀、ノヴァ犯罪者、ノヴァ警察によって──新たな神話が生まれ得るのは、惑星自体に関心を持つ英雄と悪漢が再び世に現われる宇宙時代をおいてはない──(59ページ)。

同じページにはTGの「Adrenalin」の訳詞、対面ページにはジェネPの「檻の中のライオン」と題するエッセイ。

20号

1982年3月

──本当の「ドイツ・ロック」の興隆期にはやはり、ドラッグとか、ティモシー・リアリーとかウイリアム・S・バロウズの影響はあったんですか?
:どんな場合でもあったね。みんなマリファナを喫っていたし、LSDを呑んだ。聴衆の大部分もそうだった。バロウズは知ってる人は少なかったけれど知っている人には多大な影響を与えた。リアリーはみんなに知られていた。

[……]

僕は額縁を見つけることもある。例えばバロウズがそうだ。彼は僕と似た考え方をしている。バロウズを知る前に僕はそういう考え方をしてるんだ。ケージにしてもそうだ。これは僕を力づけてくれる。僕がやってることが正しいことだとわかるからさ。突然、僕は一人ぼっちじゃなくなるんだ。彼らなりの方法で僕と似たような仕事をすでにしていた人々がいたってわかるんだ。闇の中の光のようなもんだよ。僕はバロウズに親近感を持っているんだが、僕が会う人々にはバロウズはとっつきにくい、トルキーンの方がいいって言うんだ。でもトルキーンは子供の本だ。文学じゃない。でも大部分の人々はバロウズは堅くて冷いと思ってるんだ。でも客観的に見れば文学的に価値があるのはトルキーンじゃなくてバロウズだ。バロウズは本当に一歩足を進めたんだ。何年先いつかはわからないけれど彼の名は文学史に残るだろう。本当に美学の問題さ。ブコフスキーも良い。アメリカ人だ。彼は本当にスタイルというものを持っている。

■「ウリ・トレプテ・インタヴュー」、22-24ページ。聞き手は北村昌士、独語通訳は明石政紀。

「60年代の後半から1972年まで、ロック・グループ "グル・グル" のリーダーとして、タンジェリン・ドリーム、アモンデュール、カン、ファウストと並びシーンの最前線で精力的な活動を展開し、同時に今では伝説的ともいうべき傑作アルバム『UFO』『Hinten』を残したベーシスト、ウリ・トレプテが81年10月にふらりと日本にやってきた」(20ページ)。

という次第で実現したインタビュー。バロウズはともかく、さらりとブコウスキーの名前を挙げているのが高ポイント。「ブコウスキーはドイツで人気」という噂に一票を投じてくれる証言だ。

T・Gを中心とするインダストリアル一派がバローズのとりわけ詩学的側面に関心をもっていた事は興味深い事実である。[……]。昨今、サード・ウェーヴと称され、ニューヨークの "Giorno Poetry System Records" が発表している "The Nova Convention" と題された2枚組LPでは、ジサン自身によるこの詩の朗読を聴く事ができる。このLPは1978年10月〜12月にかけて催された同名のイベントのドキュメントを収録したもので、バローズ、ジサンをはじめ、ジョン・ケージ、アレン・ギンズバーグ、フィリップ・グラス、ティモシー・リアリー、エド・サンダース、テリー・サザーン、ローリー・アンダーソン、パティ・スミス、フランク・ザッパ他が参加している。

■秋田昌美「ウィリアム・バロウズのカット・アップ・メソッドの事」、27ページ。

カットアップの手法と効用についてつらつら述べる見開き2ページの力作記事。註の中の一行で、インダストリアル系との繋がりをさらりと指摘。

本号の「雑音録」* でもその広大な存在の一端がのぞけたW. バローズとその周辺だが、その中の3人──「オー・スーパーマン」をイギリスでヒットさせた作曲家のローリー・アンダーソン、詩人、作家のジョン・ジョルノ、そして当人ウィリアム・バローズ──昨年10月がニューヨークに戻って来た。それは、3人によって創られた2枚組アルバム『ユー・アー・ザ・ガイ・アイ・ウォント・トゥ・シェア・マイ・マニー・ウィズ』のリリースを記念して、10月25日に行われたショーの為である。そのアルバムで彼らは、自分のやりたい事をやる為1サイドずつを受け持っている。バローズは、彼自身の作品「オー・ポック・イズ・ヒア」と「ザ・プレイス・オブ・デッド・ロード」からの抜粋を荒々しい口調で朗読している。

■「Random Notes」、62ページ。
* 上の秋田昌美の記事のこと。

この頃からバロウズの名前はゴシップ欄の常連と化す。

ファウストの『So Far』が、ついに驚異の日本盤で登場した。時代の著しい変わり具合をまのあたりにする光景である。[……]。ファウストの思想の中心的な意義を成すものは、音楽が時間に拮抗して生理的な組織化を実践する従来の方法に反して、音楽を意識の流れの上で、つまり絶対的時間ではなく精神的時間に支配された空間を出現させる試みであったといえる。文学でそれをやった人がジョイス、またはW. S. バローズだが、意識の中で次々に浮かんでは消え、組織されては破壊される言葉にならない様々なこと、もしくは夢の問題など、ファウストのやり方は常にダイレクトであり、時に科学的ですらある。ディス・ヒートやカブス、TGなどの好きな人には自信を持って推め[ママ]よう。更に新しい音楽の方法を希求してやまない人にも。

■北村昌士、ファウスト『ソー・ファー』のレビュー、77ページ。

レコメンからの再発盤を買ったので、この日本盤は持っていない。ポリドールの「ロック・コレクターズ・シリーズ (ロック名盤10選)」という企画の1枚で、ファウストの他にピンク・フェアリーズ『キングズ・オブ・オブリヴィオン』、『クレイジー・ワールド・オブ・アーサー・ブラウン』、キャラヴァンの1st等があり。

正直、同時期にポリスターから発売された「ブレイン・ロック・コレクション II」の方がインパクトは大きかった。

  • エロック『1st』
  • エドガー・フローゼ『イプシロン・イン・マレーシアン・ペイル』
  • グロープシュニット『ロックポメルズ・ランド』
  • グル・グル『タンゴ・ファンゴ』
  • ジェーン『天地火水』
  • ノイ『ノイ '75』
  • ノヴァリス『コンチェルト』
  • クラウス・シュルツ『イルリヒト』
  • クラウス・シュルツ『ムーンドーン』
  • アモン・デュール『恋歌』

この中から『イルリヒト』とアモン・デュールを選んだ。今ならノイは外せないが、当時はあまり興味がなかった。

21号

1982年5月

冒頭曲の "Kundali" を聴けば、金属腐敗の軋みのビートとボンゴのパーカッション・リズムの絡み合うファンク・ビートの新たなる展開を想わせるが、次の2曲目から以降、A面を占める切れ目なしの3曲は、脳髄の深部を金属で擦りつけるような、シュールな半覚醒の断片の乳白色空間が創出され彼等がバロウズの文学に傾倒しているという事実が認識できる。

■田中浩一、23 Skidoo "Seven Songs" のレビュー、86ページ。

23スキドゥは、ジェネP周辺のバンドということもあり、バロウズ絡みで語られることが多い。
22号

1982年7月

ウィリアム・S・バロウズ (彼のLP "Nothing here now but the recordings" は、まだインダストリアル・レーベルから手に入れられる) ブリオン・ジサン (カットアップの発見者) そしてヴェルヴェット・アンダーグラウンドの真面目で意識的な仕事の継続について──勿論、TGはこれが自己意識的でシンセティックで、とても関連のある年代であるから同じではない。けれど彼等はコントロール、コラージュ、そして道端の人生において殆ど同等の数を示している。ともかく、彼等は今までに彼等のヒーローの殆どに出会った。人は「ビート・リバイバル」が予言的だと囁くことも出来るが、私は気にしない。

■Jon Savage「テープの崩壊」'The Tape Decays'、広瀬理香訳、48ページ。

TG特集の中の記事の一つ。ほとんど意味不明な訳文。ともかく、バロウズがTGのヒーローだということだけは読み取れる。

MBの作業は強固に一貫しているが変化に富んだものであり、エレクトロ音塊の外見上の類似からは、ウォルター・マチェッティの「ホームメイド・エレクトリック・ミュージック」、ゴードン・ムマの「メガトン・フォー・WM・バローズ」、クセナキスのマグネティック・テープ音楽、ルー・リードの「メタルマシン・ミュージック」さらにはローゼンブームの「ブレイン・ウェイヴ・ミュージック等との相似を見出すことが可能かもしれない。然しその圧倒的な法悦感に於てMBは工業主義の中のスクリアビンである。

■秋田昌美「世界の音楽 3」、55ページ。

13号で紹介済のレコードのタイトル。

さらに3月下旬には、72人のミュージシャン、作家、俳優、シェイカー教徒らが、ヴィレッジ・ボイス紙上に、アメリカのエルサルバドル撤退を呼びかける嘆願書を提出した。その中には、ブライアン・イーノ、ローリー・アンダーソン、ウィリアム・バロウズ、ディファンクト、リチャード・ヘル、アントン・フィア、ラウンジ・リザーズらの名前があったということです。

■「Topics」、71ページ。

ゴシップ欄。
23号

1982年9月

──ウィリアム・バロウズからは影響を受けているのですか。スロビング・グリッスルはカット・アップ・メソッドなどの点で多くの影響を受けているように思えるのですが。
N:いいや、僕等……SPKのメンバーの二人はアメリカでウィリアム・バロウズといっしょに昼食を取ったよ。(これは、ニールのW・バロウズの作品『裸のランチ』をもじったジョークです。SPKは、W・バロウズをアメリカで知ったということ。) だけど現在僕等はウィリアム・バロウズを好きじゃないし、彼のことも、彼の作品についても重要だとは思わない。スロビング・グリッスルはウィリアム・バロウズのことをとても好きみたいだけど、本当に彼は馬鹿げてるよ。単純な理想主義だ。

■SPKのニール・ヒルへのインタビュー、58ページ。

聞き手は鈴木布美子。

SPK (特にグレアム・レベル) はバロウズよりもバラード派だった模様。

これらは「カット・アップ」へのオマージュだ。リチャード・カークによる「キャバレー・ボルテール・パズル」には正確に「W・S・バローズの為に」と記されている。

■秋田昌美「世界の音楽 4」、61ページ。

"50%" という作品 (LT・ムルナウ他によるおまけ付きシングル) の紹介。

ソフト・マシーンの名付け親 (?)、あるいはデヴィッド・ボウイのカット・アップ・テクニックに影響を与えたウィリアム・バロウズ。その彼が、先頃、ニューヨークで行われたアンチ・ノーウェア・リーグのギグに飛び入りし、何と聴衆の面前で、何かのプロジェクトを組もうというように話を持ちかけたそうである。デヴィッド・ボウイとバロウズという組み合わせは、わかる気もするのだけれど、"ネイキッド・ランチ" の著者と野獣 (?) っていうのはねェ。

■「Scramble Notes」、73ページ。

ゴシップ欄。どうでもいいネタだが (笑)、デヴィッド・ボウイへの影 響を持ち出してバロウズの好感度アップを狙う。

24号

1982年11月

リーダーのフリッツはウィリアム・バローズのカット・アップ・テクニック、スロビング・グリッスルのノイズ・カオス、元カンの日本人ヴォーカリスト、ダモ鈴木のでたらめ言葉による唱法、北アフリカの祈祷音楽を憧憬する。特に言語に対するバロウズ的見解は卓越していて、「言語を破壊し、解体し、言語なしで思考することに、ある種の個人的自由につながるような政治的な意味がある」とフリッツは考えており、だからこそ「この世のシステムを別のものに置きかえるとする政治思想や国家の転覆などと言って気取っているオルタナティヴ・ロックの連中は駄目なんだ」とも語っている。

■北村昌士「無秩序の音楽」、48ページ。

23スキドゥについての記述。

68才のウィリアム・バウズ[ママ]を見れるという珍しい機会が9月に訪れた。なんでも彼はザ・ファイナル・アカデミーという友人やサポーターの集まりで、後のワークのエキストラクトをよんだのだそうだ。そのザ・ファイナル・アカデミーにはサイキックTV、キャバレー・ボルテール、23スキドゥー、ジェネシス・ピー・オリッジ、ガリオン・ジシン[ママ]らが入っているのである。

■「Scramble Notes」、67ページ。

これもゴシップ欄。ほぼ意味不明の文章ながら、教祖化が着実に進行しているのがわかる。

s/ガリオン/ブリオン

1982年
RE/Search, #4/5

■"RE/Search", #4/5: W. S. Burroughs, Brion Gysin, Throbbing Gristle, RE/Search Publications, 1982.

『フールズ・メイト』が描くバロウズ像の祖型ともなった、非常に影響力の大きな雑誌特集号。バロウズ関係の収録作は

  1. The Revised Boy Scout Manual: excerpt (cassette #1)
  2. Early Routines: two excerpts
  3. The Place of Dead Roads: two excerpts
  4. William S. Burroughs Interview by Vale
  5. Cities of the Red Night: a chapter not included
  6. Sources for William S. Burroughs books by mail
  7. The Cut-Up Method of Brion Gysin

[1] 60分カセット3本組として作られた小説 (1970年) を文字化したもの。
[2] 編集時点ではまだ未刊行だった著作の抜粋。
[3] これも刊行予定の本からの抜粋。
[4] 後に『フールズ・メイト』に訳出され、物議をかもすインタビュー。
[5] 刊行本未収録のテクスト。
[6] この時点で入手可能だった著作の簡潔なリスト。
[7] このエッセイも『フールズ・メイト』に訳出された。

この稿のテーマからすると、後半に収録されているTG及びジェネPへのインタビューも見逃せない。様々な話題に混じって、バロウズとの付き合いについて詳しく語る部分がある。

25号

1983年2月

「ビート・ジェネレーション」と言えば非常に大仰な印象がしますよね。だって、元来はビートニクの事なんでしょう。バロウズ。ケラワック、ギンズバーグあたりの戦後アメリカ文学史じゃあないですか。僕なんか割と関心があって大学で少し専攻したんですよ。既成の概念や道徳理念のいっさいを無視して、一般社会の常識とは絶縁した倫理感の中で、あの当時の若者は反抗精神をふりかざしたわけですよね。

■松本徹+能野哲彦「80年代のビート・ジェネレーション」、38ページ。

カルチャー・クラブやシンプル・マインズ等のエレポップを語る、バロウズとは全然関係ない対談での松本徹の発言。『フールズ・メイト』の中でこうした古典的バロウズ像に接すると新鮮で微笑ましい。

再発売されて話題を呼んでいるポリドール時代のファウストのアルバム『ファースト・アルバム』(ポリドール23MM0236) 及び『ソー・ファー』(同23MM0126) は、共にロック・ミュージックの一般的な表現形式に対し革命的な一撃を加えたまれに見る歴史的な意味を背負った重いアルバムだ。そこにはフラグメントとしてのいくつかの演奏と、それらがトータルな組織化を果たすことで生まれるまったく未知の光景が、聴者の記憶や無意識とかかわりながら、音楽であることを超えた時間と知覚の深遠を出現させる。嘘のような話だがこれはまったく偽りのないところで、彼らはこの方法論を決定するにあたり、ウィリアム・バローズやジョン・ケ−ジ、ウォーホルからマルチン・ハイデッガーやフリードリヒ・ニーチェのコンセプトや著作までをも綿密に検討したという。

■塩田秀夫「ファウストとスラップ・ハッピーをめぐるアンダーグラウンド小史」、52ページ。

ファウストのコラージュとバロウズのカット・アップとの結び付きもごく自然なのに、ファウスト絡みの記述はこれが最初──と思ったら、20号に『ソー・ファー』のレビューが載っており、そこで北村昌士がしっかりとバロウズを引合いに出していた。

先号でも伝えたが、ウィリアム・バロウズが、ファイナル・フェスティバルで、その功績を再び紹介されることになった。ブリクストンのリトシー・シネマで4つのイベントが行われたが (9月29・30日、10月1・2日)、彼と彼の友人達や、合作者であるブライアン・ジスィン、ジョン・ジョアノはもちろんのこと、ジェフ・ナタルや、舞台芸術家であるポール・バーウェル、それに23スキドゥやキャバレー・ヴォルテールなども寄稿しているそうである。アンソニー・バルチのフィルムも、ファイナル・アカデミーの一環として、ワッピングのB2ギャラリーで上映された。また、展示会には、詩人、学士からフェイスのライターにまで及ぶ寄稿者の60ページのカタログが伴っている。ファイナル・アカデミーは出版社から大いに融資されており、オーガナイザーであるロジャー・イーリーは、全てのイベントが、どの芸術の拘束も断ち切ると確信している。

■「Scramble Notes」、65ページ。

ゴシップ欄。これもどっかの外国雑誌の記事を訳したものだろうが、相変わらず意味不明。写真付き。

26号

1983年4月

PTVはスタジオとライヴにおける音楽制作を作業する一方で当初の計画に従いヴィデオ・カセットによるパフォーマンスをリリースする。現在『トランスミッション』と名付けられた4時間にわたるヴィデオが発表されていて、そこにはPTVの他に、デレク・ジャーマン(『ジュビリー』、『テンペスト』のフィルム作家として知られる)、ウィリアム・バローズ、ブリオン・ガイシン (共に有名な文学者)、ジョン・サヴェイジ (ジャーナリストでTV局のディレクターでもある)、クロード・ベッシー (スラッシュ・マガジンの編集者で渡英後TGやヴァージン・プルーンズのために多大な貢献をした) らが協力している。

■北村昌士「サイキックTV──教団 (テンプル) の教理と声明」、24ページ。

北村昌士がサイキックTVに肩入れするのに連れて、ジェネP周辺で語られるケースがどんどん増えてくる。

メンバーの中の一人、ウィンストン・トングは、ヴィデオやフィルムに興味を示しており、現在、ウィリアム・バロウズの『ダッチ・シュルツの最後の言葉』に関したヴィデオを制作しているらしい。「バロウズからの影響は非情に[ママ]大きなものがある。私は個人的にも彼をよく知っているし、彼から多くのことを学んだと思う。ウィットや傲慢さとかね。この種の多くの作家のものは昔から愛読してきたから、音楽に反映すべき題材をかなり吸収してきたつもりだ」。

■能野哲彦「タキシードムーン──構成主義者の夢」、37ページ。

インタビュー部分は "Spex" 誌からの翻訳。

また、PTVのヒーロー、ジェネシス君は、その頃単身ハンブルクに赴き、ウィリアム・バロウズやクリスチアーネ・Fらも出演しているという映画に出たらしい。[……]。
 最後はPTVというわけではないが、ジェネシス、バロウズをめぐる本が二冊手に入ったので紹介しておく。まずは、サンフランシスコを拠点にしている『RE/SEARCH』という雑誌で今回は表紙にバロウズが登場している。内容は、バロウズ、ブリオン・ジサン、T・Gの三部構成でジェネシスとピーターによるジサンのインタヴューとか、カフカについてのT・Gのインタヴューなど資料性はもちろんの事、前記の三者について様々の見地から語られている物凄い雑誌だ。そして、もう一冊は、リサーチ誌にも寄稿しているテリー・ウィルソンによるブリオン・ジサンのインタヴューを含んだジサンの単行本でタイトルが『HERE TO GO PLANET R-101』というものである。

■「Scramble Notes」、66ページ。

ここで "RE/Search" の特集号と出会う。これのバロウズ・インタビューが41号 (1985年1月) に訳出され、波紋が広がることになるわけである。ジャケ写付き。

冒頭で言及される映画は "Decoder" のことと思われる。

例によって Noterossa/Red Night はバローズ主義者の混合物なのである。数年来の自主制作カセット・メディアの台頭とメール・アートのコミュニケーション・システムが相互作動して、オーディオ/ヴィジュアルの特異、かつポップな展開を行っているのがTRAXなる集団なのだ。

■秋田昌美、"Noterossa/ Red Night" のレビュー、88ページ。

Next >

Part 1 | Part 2 | Part 3 ||| Books | Home


Copyright (c) 2002 KIWADA Kats-Hiro
Last Modified: Mar 13, 2011