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William S. Burroughs in "Fool's Mate" : Part 3


「時」欄の日付は、雑誌や本に関しては奥付の記載に従う。

「記述」欄の引用はすべて『フールズ・メイト』から。誤字・脱字等はそのまま引用し、[ママ]と注記した。バロウズの登場箇所をボールド化したのは引用者である。[……]は中略を表す。

よく出る略語。


[62〜73号]:ヴィデオ『バロウズ』から『バロウズ本』まで

記 述補 足
62号

1986年11月

■巻頭グラビア、1ページ。

バロウズが表紙を飾ることはなかったが、この号では巻頭グラビアに登場。切り抜いて壁に貼りつけ、拝ませてもらった。

カルト・カルチャー孤高の巨人ウィリアム・S・バロウズの生い立ちから現在までを鬼才ハワード・ブルックナーが7年がかりで描破したドキュメンタリー・フィルムを誌上公開。

■「Cult Film Mode 5」、61ページ。

ハワード・ブルックナー監督の映画『バロウズ』の紹介。3ページ割いてスティル写真と監督インタビュー。

ビート文学の世界的大家として、あるいは妻を射殺しヘロインにまみれた犯罪者として、そしてアンダーグラウンド・カルチャーの守護神として、どのようなバロウズも観る側の望みのままにこの一つの作品に収められている。

■吉川英、ヴィデオ『バロウズ』のレビュー、112ページ。

意外にも冷静でポイントを押さえた良いレビュー。

ビート・ムーブメントの旗手として '60年代のアメリカ文学、アンダーグラウンド文化を主導したウィリアム・S・バロウズの壮絶なライフ・プロセスを描くドキュメンタリー。

■ヴィデオ『バロウズ』(ネットワーク) の広告、133ページ。

12800円。ベータ版もあり。『デコーダー』のヴィデオも同時発売。

63号

1986年12月

この50年間もの間に機能的音楽──それはMUZAKと呼ばれる──が利用されてきたことを知る者はほとんどいない。
 ウィリアム・バロウズとブリオン・ジシンによって発見されたカット・アップ・テクニックのような方法が詩人や作家のためだけの利用法だけでなくあらゆる広告代理業者によってラジオやTV、更には映画においてまでも既に利用されていることも同様だ。

■「Cult Film Mode 6」、54-5ページ。

クラウス・メック監督の映画『デコーダー』の紹介。引用部分はクラウス・メックの言葉。

来たる11/18、20日に吉祥寺バウスシアターにて「バロウズ」、「デコーダー」の上映会とレクチャー、ライヴ・パフォーマンスのイヴェントが行われる。18日=第1部「バロウズ」上映、第2部=浅田彰 vs 武邑光裕のレクチャー。20日=第1部「デコーダー」上映、第2部=「BIG DOOR 前哨戦」と題して本誌 S.F.P プレゼンツによる池内みずゑ・アマリリスのライヴという前代未聞 (これ以上あってたまるか) の内容。

■同上、55ページ。

浅田・武邑コンビ活躍中。

煽動に利用される人間の神経を蝕むアンチ・テープのハード面でのノウハウ協力者にWSB、ソフト面での協力者に "魔術師" 役のジェネシス・P、FMの恋人役にはヘロイン・キッズのアイドル、クリスチーネFの面々で楽しい楽しい革命ゴッコが展開。

■石井孝浩、ヴィデオ『デコーダー』のレビュー、115ページ。

1986年12月
『GS vol.4』

■『GS・たのしい知識 vol.4 特集:戦争機械』浅田彰+生井英考+武邑光裕+細川周平・責任編集、ユー・ピー・ユー、2900円。

ウィリアム=S. バロウズ
一九一四年生。『裸のランチ』『ソフト・マシーン』『ジャンキー』等、一九五〇年代に発表した作品によって <特異なビート作家> として知られているが、現在は、電子情報系都市=ニューヨーク・カルチャーの神話的存在。『GS/たのしい知識』誌では、近く、「ウィリアム=S. バロウズ/J=G. バラード」の特集号を刊行する予定。乞御期待」(「著者訳者紹介」、706ページ)。

『ソフト・マシーン』の刊行は1961年みたいだけど、それはいいとして、ここで予告された「バロウズ/バラード特集号」は残念ながら幻に終った。

バロウズのインタビュー、エッセイ、「『残虐行為展覧会』への序文」、『ワイルド・ボーイズ』の抄訳等を収録。ついでに、バラードのバロウズ讃「二十世紀の神話創造者」とインタビューも訳載されてる。

64号

1987年1月

又、カウンター・カルチャーの最前衛部──例えばウィリアム・S・バロウズの表出化やチャールズ・マンソン、人民寺院のジム・ジョーンズ、ひいてはアレイスター・クロウリイらの文化レベルでの同時代的評価を拡大させた事など、TGの解き放った状況の重大さは計り知れない。

■「The Dismissed File──分裂・解散・消滅グループ100選」、35-6ページ。

TGの歴史と功績を簡単にまとめた解説文。

ビート・ムーブメントの旗手として '60年代のアメリカ文学、アンダーグラウンド文化を主導したウィリアム・S・バロウズのドキュメンタリー。

■ヴィデオ『バロウズ』(ネットワーク) の広告、136ページ。

62号の宣伝文句とは微妙に違う。『デコーダー』の広告も一緒に掲載。

1987年2月
『裸のランチ』87年版

■ウィリアム・バロウズ『裸のランチ』新装版、鮎川信夫訳、河出書房新社。

「驚愕的実験小説 バロウズの代表作

非情なリアリスト、偉大な幻視者バロウズの代表作!
自ら体験した麻薬と性倒錯の世界を鮮烈に描いた驚愕的実験小説」(帯の叩き文句)

邦訳初版 (1965年)の叩き文句は「麻薬と性倒錯の世界 ビート派文学の聖書」。
完全版 (1992年) では「麻薬と性倒錯の世界を描く現代アメリカ文学の古典」。
文庫版 (2003年) の内容紹介は「ビートニクの最高傑作……映画化もされた名作」。

というわけで『裸のランチ』の文学的地位は、
「ビート派文学の聖書」
→「バロウズの代表作」
→「現代アメリカ文学の古典」
→「映画化もされた名作」
へとめでたく昇格していった。他方、河出書房の売り文句は長年「麻薬と性倒錯の世界」のままだったが、文庫化に伴って遂にその表現が消えた。麻薬にうるさい時勢の反映か。

手元にあるのは、8月発行の4版。よく売れてる。河出もいいタイミングで出しました。

65号

1987年2月

60年代サイケデリック・ムーヴメント影の仕掛人としてバロウズとともに多くのアーチストにショックを与えたティモシー・レアリー。ハーバード大学をLSD人体投与実験でクビになり、その後は神経政治学なるLSDによる意識拡大を応用させた未来ヴィジョンを唱えたりなど、ハード・ポップな活動を行っていたが、現在ではパソコンゲーム・ソフトを開発中で「フティーク」というソフトハウスを経営。「LSDは昔ほど必要ではない」とのコト。

■「Vox View」、60ページ。

ゴシップ欄。

66号

1987年3月

廃虚建造物、荒野、ピラミッド、ダンスをする男女、正装して黒いマスクをかぶった男などランダムなイメージが次々と繰りだされる、といった作品で、バロウズのカット・アップ手法を思い起こさせる。

■「Cult Film Mode 8」、52ページ。

4ページ使ったデレク・ジャーマン作品の紹介。引用部分は "In The Shadow Of The Sun" について。

全709頁。ななひゃくきゅうぺえじダゼ。ドゥルーズ、ヴィリリオ、ロトランジェ、バラード、バロウズ、ジェネシス- P、バーダーマインホフ、レヴィ・ストロース、CIA、ジャン・ジュネ、えとせとらえとせとら、と各界のお歴々が全員、戦争しているわけだ。

■吉川英、『GS4号 戦争機械』の書評、76ページ。

1986年12月発行の、ある意味伝説的な雑誌の紹介。

ちなみに『バロウズ本』の序にて山形浩生曰く、

「日本語で読める(はずの)バロウズは右に挙げたものでほぼすべてだ (と書いている時に、「GS」四号なんかが出てしまった。が、事態はさして変わっちゃいない。恥ずかしくないんですかね、「GS」編集部は。いや、「ユリイカ」も同罪だけど、Re/Search の丸写しで事足れりとして、一体編集者としてのプライドだの見識だのはどうなっちゃったんですかね)」(『バロウズ本』、34ページ)。

『GS』4号のバロウズ関連部分はさほど "RE/Search" に依拠してるわけではないので、これはバラード関連での指摘と思われる (『ユリイカ』1986年6月号のバラード特集にも "RE/Search" からの訳載多数)。

67号

1987年4月

前略FM様お元気ですか?今回この手紙を書いたのは貴紙[ママ]がずーっと以前から(特)推薦されていたあの幻のハイパー・シネマ<デコーダー>と<バロウズ>を遂に観る事が出来、私の想像以上の作品だった事に対する喜びと貴社への感謝の念××からでございます。

■「以心伝心」(読者の手紙)、80ページ。

片田真美子さんの熱烈なお便り。『デコーダー』に感激し、『爆発し た切符』を探し回ったそうですが、果たして無事入手できたのでしょうか。

69号

1987年6月

昨年、「バロウズ」、「デコーダー」のビデオ国内リリースや上映イベント、各種雑誌媒体などへの表出、とW.S.B.翁のカルティックなムーヴメントが見られたが、昨年後半から輸入盤ながらもかなりの数のバロウズ物のレコードがリリース、もしくは再発されている。その内容の多くは「爆発した切符」、「ノヴァ・エクスプレス」の2作で実験されたカット・アップ/フィールド・イン[ママ]技法をサウンド化するための、サブボーカル・レコーディングと呼ばれるアイデアで録音されたW.S.B.のスピーチ&ノイズ・コラージュ、ドキュメンタリーとしてのインタヴュー・マテリアル、ドラック[ママ]遍歴中に収められた民族音楽、自作小説の朗読などをソースにしたもので、[……]。1914年2月5日生まれ、というから今年で73歳に達しているこのアンダーグラウンドのミカド、来日も囁かれるこの頃である。

■「齢73才、W・S・バローズの健在ぶり」、15ページ。

ゴシップ欄。写真付。

"The Doctor Is On The Market"
"Break Through In Grey Room"
"Better An Old Demon Than A New God"
を詳しく紹介。

s/フィールド・イン/フォールド・イン

このLTM V'XVという馴染みのないレーベルからリリースされた本作も、今をトキメクelレーベルのルイ・フィリップやモノクローム・セット、ウィンストン・トン、リチャード・ジョブソンに混じってW.S.B.翁やジャン・コクトー、しまいにはポスト構造主義哲学の華麗なる担い手であるジャック・デリダまでもが参加しているといった、凄まじいほどにハマリきっているオムニバス盤である。

■石井孝浩、"Minutes" のレビュー、103ページ。

上の記事でも触れられている。
70号

1987年7月

とりあえず、今月のオムニバス盤大賞に輝きそうなスゴ・メンツの超強力アルバム。バトル・サーファーズ、ノイバウテン、ダイアマンダ・ガラ、W.S.B、スワンズというA面は絶句モンだが、B面にはどういったワケかトム・ウェイツ、更にはニック・ケイヴも収録参加しているとゆー白波五人男か清水の次郎長一家かというくらいの全10組収録のカルトな一枚だ。

■石井孝浩、"Smack My Crack" のレビュー、99ページ。

レコードもいろいろ出るのでネタが尽きない。
71号

1987年8月

紹介が遅れて大変申し分けなかったけれど、この春にこの伝説的な一冊が22年ぶりに新装版で再版された。究極的麻薬中毒者告白記とも読めるだろうし、ハイパー・ジャンクSFのプロトタイプとも受けとれるし、当然ながらW.S.Bをめぐってのフューチャー・コンスピラシーのプログラミング解析マニュアルとしても成立させることができるだろう。

■吉川英、『裸のランチ』(河出書房新社) の書評、76ページ。

この年の2月に出た新装版の書評。

『裸のランチ』はこれ以前に何度か再刊されており、「22年ぶり」というのは不正確。1965年の初版以降、1971年に「モダン・クラシックス」版が、1978年には「河出海外小説選」版が出ている。

この時点では、サンリオ文庫の2冊も既に絶版で、これと『ジャンキー』 (あと精精『麻薬書簡』)くらいしか本屋に並んでないという悲しい状況。

72号

1987年9月

W.S.バロウズが82年ロンドンにて開催された一大コンベンション、「ファイナル・アカデミー」に訪れた模様を収録した「パイレート・テープ」、ジャーマン以下4人の作家による共作でWSBと故ブリオン・ガイシンの共同開発によるドラッグレス意識拡大マシンの名が冠せられた「ドリーム・マシン」、音楽にジェネシス・P・オリッジをソロで迎えた「イマジニング・オクトーバー」の以上3本。

■「デレク・ジャーマン幻の短編作一挙公開!!」、12ページ。

デレク・ジャーマンのフィルム上映会の紹介。

73号

1987年10月

ともあれ、かつてはバローズの作品まで刊行し、充実した内容を誇っていたサンリオSF文庫の廃刊は、その影響力の大きさを考え合わせても、やはり寂廖感[ママ]を拭い去る事はできない。

■小泉雅史、ディック『アルベマス』(サンリオSF文庫) の書評、76ページ。

s/寂廖感/寂寥感

確かにサンリオの廃刊は寂しかった。

■白石隆史、「Beatniks Not Dead」、30ページ。

ニール・ヤング、スザンヌ・ヴェガ辺りについての原稿で、バロウズの写真をコラージュ風に使用。本文中には言及なし。

1987年初秋
『バロウズ本』

■『バロウズ本』、山形浩生・編、北北西SF。

「バロウズは今年、七十三歳になった。が、少なくとも、日本でのバロウズ評価は実に不幸な状態におかれている。誰も彼の作品をまともに読もうとはせずに、二次資料、三次資料ばかりが出回り、ただバロウズという名前だけが訳もわからずに流通している。だが一体、武邑や秋田、そして(オエップ)坂本風情に何がわかっているものか。無知が通ればバロウズ引っ込む、というわけだが、もういい加減、この連中の書く十年一日の同じ駄文には御退場願おう」 (「序」、36-7ページ)。

1987年12月
『銀星倶楽部』

■『銀星倶楽部 7 バロウズplusビートニク』、ペヨトル工房。

「彼のあとに生まれた世代のアメリカン・アーティストのおおくは彼のことを師のように尊敬している。グルが凶悪きわまりないひとりのホモセクシャルの老人であるという図は、僕たち日本人のまわりではこのところけっしてみられなくなったすばらしい光景だとは思わないかい。でも、僕はこのことはとても面白いことだと思うんだけど、バロウズ自身は「グル」というような存在を、徹底的に否定しているんじゃないだろうか。ギンズバーグは彼を師とあおいでいたようだけれど、バロウズ自身はそういう関係そのものを否定していた。その点が、彼のあとに生まれた「東洋宗教のグル」たちに狂った若者たちの精神世界カルチャーから彼を自由にし、そのカルチャーが本質的なところでは終わったいま、あらためてバロウズの巨大さがみなおされはじめているってことにつながっているんじゃないかとも、思うんだ」(中沢新一「裸体の系譜学」、12-3ページ)。

バロウズ作品の抄録、インタビュー、詳しい年譜とビブリオ、各種エッセイ等で構成された特集。前半約100ページがバロウズ部。後半の「ビートニク」部分はほとんど読まなかった。



[75号〜 ]:10年ぶりのバロウズ邦訳書の出現

記 述補 足
75号

1987年12月

──彼らはレトリックでバロウズの影響を受けていたと聞いたんです。
D:僕達の世代の映画監督は何らかの形で影響されたんじゃないかな。僕が若い時は彼の本はみんな読んだし、僕にとっては現代的情熱の対象だったね。ジェネシスが彼をイギリスに呼んだ時はその一部始終をフィルムに収めたんだけどカットした部分がかなり出て、それはジェネシスにあげちゃった。バロウズは最近は有名になって会うのが難しいよ。

■「デレク・ジャーマン・インタヴュー」、49ページ。

インタヴュー・文は、阿部曜。

ジャーマンが撮影したフィルムというのは、"Pirate Tape: A portrait of William Burroughs" (16min、1982) のこと。音楽はサイキックTV。72号を参照。

とゆーわけで現在流布されているバロウズ・イメージの "元凶" を本誌とする「つなぎ五」での『Re/Search』誌インタヴュー改訳記事も含め、ある種のバロウズ神格化勢力に断罪を求めながら、自伝・インタヴュー・技法解説・小説を各年代からピック・アップしてバロウズの多様性を解いた自主制作本だ。

■吉川英、『バロウズ本』(北北西SF) の書評、74ページ。

『フールズ・メイト』への痛い批判も載ってる『バロウズ本』をちゃんと紹介してるのは偉いというか健全というか。

この書評で『バロウズ本』の存在を知り、『SFマガジン』のファンジン・コーナーを見て注文した。

78号

1988年3月

P・K・ディック、L・スコット、S・ミードの結晶体とも言えるこの映像にはその細部にまで近未来の鍵が隠されている。(本作品には約30秒ほど劇場未公開シーンが確認できる。)ところで、バローズの "A"、"B" の話は面白いね。

■小泉雅史、レーザーディスク『ブレードランナー』のレビュー、101ページ。

いわゆる国際版で、ポール・M・サモン『メイキング・オブ・ブレードランナー』(ソニー・マガジンズ) によると、オリジナル劇場公開版より15秒長い。

79号

1988年4月

──どんな作家が好きですか。
WG:そう……J・G・バラード、S・R・ディレーニ、T・ピンチョン、W・S・バローズ、V・ナボコフ……

■「ウィリアム・ギブスン・インタヴュー」、46ページ。

インタヴュー・文は、小泉雅史。

80号

1988年5月

バロウズと並ぶ、アンダーグラウンド・カルチャーの御大。LSD開発者の一人であり、人体実験を問われて大学職を追われている。70年代、ヨーロッパ滞在中にジャーマン・ロックのカルト的バンドだったアシュラ・テンプル=マニエル・グートシェンクと『7UP』というアルバムも共作している。現在は「フティーク」というコンピュータ・ソフトハウスを主宰。

■「Rial[ママ] Experience 60s' + 70s' Part II」、武邑光裕・談、30ページ。

ティモシー・リアリーについての註。おそらく編集部が書いたものと思われる。

ちなみに、リアリーは「LSD開発者の一人」ではない (LSDがアルバート・ホフマンによって最初に合成されたのは1938年)。LSD普及 (配給) 者の一人ではある。

1988年7月
『おかま』

■ウィリアム・S・バロウズ『おかま』山形浩生+柳下毅一郎・訳、ペヨトル工房。

「永久に悲しい、調和のとれない孤独な生

あんな痛々しい、不快な、心を引き裂く思い出を、どうしてあそこまで注意深くまとめあげなければならなかったのだろう。──W・バロウズ

ドラッグから電子的ハイへ──。時代を駆け抜ける過激なまでの言語実験家、ウィリアム・バロウズの告白的著作!
痛烈なまでに美しい純愛小説」(帯の叩き文句)

「十年ぶりのウィリアム・バロウズ邦訳書をお届けする。十年ぶり! 十年間もあなたたちは手をこまねいてきた。この一事をもってしても、本書は買われねばならない。これは義務だ。しかも、この「おかま」は「ジャンキー」と並ぶバロウズの原点であり、あらゆるバロウズ作品の読み方に変更を迫る問題作である。したがって、本書は買われる必要がある」(「解説」、176ページ)。

82号

1988年7月

W.S.バロウズ:パティ、私が音楽のことをほとんど何もわかってない人間だとして──まぁ実際そうなわけだが──話してくれないか、今、音楽に何が起きていて、これからどこへ向かってゆくのか。
パティ・スミス:知るべきことなんて何もないわ。

■「Patti Smith Talks With William S. Burroughs」前編、25ページ。

2回分載で計10ページを割いた「ロング・インタヴュー」。佐藤恵子訳、文・構成=羽積秀明。

バロウズはパティ・スミスのおしゃべりに合の手を入れるだけで、インタビュアーとしての役割に徹している。

'53年、麻薬体験を赤裸々に綴った『ジャンキー』でデビューし、ケルアックやギンズバーグとともにビート文学の中心的存在としての評価を受けたバローズは、その後ブリオン・ジサンとの出合い[ママ]により "カット・アップ・メソッド (畳み込み手法)"[ママ] による前衛作品 (『裸のランチ』『ノヴァ急報』『ソフト・マシーン』『爆発した切符』など) を次々に発表する。言語の持つ習慣的な意味作用を切断した断片的なイメージ間に新たなる解読回路を作り出し、更には意識間のみでコミュニケートする "サブ・ヴォーカル・レコーダー (声帯記録装置)" を唱えた。こうした手法は現在のポスト・インダストリアル系アーチストに多大な影響を与えたと思われる。ロック・アーチストとの親交も深く、このパティ・スミスをはじめフランク・ザッパ、ルー・リード、アリス・クーパー、ローリー・アンダーソン等がバローズを慕い続け、とりわけパティ・スミスは "ヘヴィ・メタルの父" という言葉とともにバローズを敬愛している。'83年の息子の死以来、再び精力的な活動を始めたバローズは、小説 (最新作は昨年発表された『ウェスタン・ランド』) のみならず "ショットガン・ペインティング" による美術制作を行うなど、今なおティモシー・リアリーと並ぶアメリカン・サブ・カルチャーの導師として時代の最先端に位置している。ちなみに、バロウズが初めてパティに会ったのは、彼が20年近くにおよぶ外国生活の後に、ようやくニューヨークへ戻った1974年のことである。その時以来、2人の間に生まれた尊敬と友情は今日まで続いている。このインタヴューは、バウアリーのCBGBから2ブロック離れたバロウズのロフトで行なわれた。かつてYMCAのロッカールームとして建てられ、今でも窓も明りもない (寒々とした部屋なので、ザ・バンカーと呼ばれている) その家は、懺悔にもってこいの場で、バロウズは告解を聞く神父さながらであったという。

■同上、27ページ。

上のパティ・スミス・インタビューに付された紹介文。

「『フールズ・メイト』の中のバロウズ」像の集大成とも言えそうな立派な記述なので、長々と引用する。

後半部分は、インタビューの原文に付随してた文章を訳して手を加えたものかもしれない (前半は「バローズ」で後半は「バロウズ」だし)。

84号

1988年9月

B:君は詩を歌ったんだね。頂度[ママ]トリスタン・ツァラと、そう、私が思いつくもので言えば、リトル・リチャードとの中間のようにね。
P:ええ (笑)。

■「Patti Smith Talks With William S. Burroughs」後編、39ページ。

パティ・スミス・インタビューの後編。文・構成=羽積秀明、佐藤恵子訳。

全般的に退屈な話が続く中、ここんとこが一番面白かった。

「POETRY IN MOTION」はその名の通り詩人を中心に構成されているが、バロウズ、J・ケージ、トム・ウェイツ、ギンズバーグ、ジム・キャロル、ブコウスキーと、詩人に限らないセレクトで、しかも詩の朗読みたいなモノだと思ってたらずっとライヴな迫力がほとんど。

■阿部曜、いろんなヴィデオのレビュー、78ページ。

デジタルビートを用いるなどいつもよりアレンジが派手目だが、歌う内容は従来通り、ユダヤ的幻想に彩られた神話的志向の強いもので、何ともヘヴィである。ミラーやバロウズにも相通ずるこのヘヴィネスこそが先にあげた若手達が求め敬愛する対象なのであろう。

■松山晋也、レナード・コーエン『ロマンシェード』のレビュー、95ページ。

1988年10月
『紅夜の都市』

■ウィリアム・S・バロウズ『シティーズ・オブ・ザ・レッド・ナイト』飯田隆昭訳、思潮社。

「バロウズの最高傑作!

ついに出た! 全米でいま最も読まれているあのバロウズの最高傑作、本邦初公開。鮮明で白熱したストーリー展開にバロウズの魅力が炸裂。オカルティックな探偵ミステリー、18世紀海賊船の冒険譚、太古の砂漠に存在した都市群のSF。奇才のおりなす超常世界のアミューズメント!」(帯の叩き文句)

「日本では『裸のランチ』(河出書房新社)、『ジャンキー』(思潮社)、アレン・ギンズバーグとの往復書簡『麻薬書簡』(思潮社)、『ノヴァ急報』、『爆発した切符』(上記二書ともサンリオ、絶版) が出版されており、雑誌掲載などは除き、新作が単行本の形で現われるのは実に十年ぶりになります」(「訳者あとがき」、364ページ)。

87号

1988年12月

先月号にも紹介されていたアレン・ギンズバーグが遂に再来日を果した。
 一九四四年にニューヨークで、アレン・ギンズバーグ、ジャック・ケルアック、ウィリアム・S・バロウズが出会った時に "ビート" ムーヴメントが始まったといってもいいだろう。この時ギンズバーグはまだ学生で、バロウズが麻薬中毒者になるのもこの年からである。

■阿部曜、トピックス欄、9ページ。

ソフト・マシーンの創立者でもあるデヴィッド・アレンと、神秘的な女流詩人で画家のギリ・スミスを中心とするコミューン・バンド、ゴングの'70年の1st LP。あらゆる音楽的要素が混じり合ったトリップ音響に合わせて、摩訶不思議な宇宙神話が展開されている。アレンの思考は、バロウズのそれを思わせる。

■石井孝浩+小泉雅史「The Secret Of Psychedelics Shift」、35ページ。

サイケ特集中の「オリジナル・サイケデリック名盤30選」中の、Gong, "Magick Brother" の紹介文。

おそらく一番ブッ飛ぶのは、ロバート・フランク、ルディ・ウォルツァー、ゲーリー・ヒルといったパフォーマー (いずれもオッサンだが) 3人による "放電パフォーマンス" だろう。だだっ広いファクトリーで、50年代のSF映画に出てくるような螺旋上の軸とその上に球状の放電極を備えた巨大マシーンを使ったパフォーマンスにアドバイザー役のバロウズの銃撃ライブも加わり、むこうのオッサン連中の不条理な (当然字幕はない) 行動にビビッてください。

■石井孝浩、ヴィデオ "It's Clean, It Just Looks Dirty" のレビュー、59ページ。

1989年5月
『ライターズ・アット・ワーク』

■『ライターズ・アット・ワーク』飯田隆昭・他訳、ペヨトル工房。

「アメリカの伝統的文藝誌「パリス・レヴュー」に三十年余、連載され続けている、現代文学の巨匠たちのロング・インタヴュー集」(帯の叩き文句)。

バロウズの他、コクトー、セリーヌ、イーヴリン・ウォー、ノーマン・メイラー、ギンズバーグが登場する。

1989年9月
『ソフトマシーン』

■ウィリアム・S・バロウズ『ソフトマシーン』山形浩生+曲守彦・訳、ペヨトル工房。

「有毒で異様な生体 鬱蒼たる熱帯風景

ウィリアム・バロウズ、20世紀後半のアメリカ文学を創りあげた男──ウィリアム・ギブソン

言語ウイルスが類人猿にとりついた人類史の曙。異形の祭司が、瀕死の同性愛者が、重症麻薬中毒者が跋扈する近未来世界に展開する悪夢的ヴィジョンの数々……
凄まじいまでに暴力的かつ猥雑な描写を、カットアップやフォールドインといった実験的手法によって展開させたW・バロウズの代表作、遂に刊行成る!」(帯の叩き文句)

「なんでも最近は、かつてサンリオから出ていた『爆発した切符』や『ノヴァ急報』が五桁の値段で取り引きされている、との噂である。経済学的にいえば、これは需要が著しく大きいことを意味するものであり、日本におけるバロウズ人気の近年の急激な上昇を如実に示すものである、と仮定できる。従って、この二冊と同じシリーズであり、ページを入れ替えても書いた当人にすらわからないといわれる、金太郎飴三部作の最初の本であるこの『ソフトマシーン』だって、五桁の定価がついても十分に正当化されたはずだ」(「訳者あとがき」、184ページ)。

96号

1989年9月

本誌Vol.94のスワンズ・インタビュー中で言及されていた PAUL BOWLES の、国内では34年振りに出版された短編集。文藝のブックガイドで訳者の四方田氏に、予告されると同時にNYの聖マルクス書店という気の効いているらしい本屋ではブコウスキー、バロウズと並んで新刊コーナーの一隅を常に示めて[ママ]いると紹介されていたから密かに期待していた作家であり、何より変貌を遂げたマイケル・ギラの文脈に登場するとあっては見逃せない。

■阿部曜、ポール・ボウルズ『優雅な獲物』の書評、74ページ。

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Last Modified: Mar 13, 2011