「備後府中 首無地蔵菩薩」『礼賛記』第7部>9


『地蔵大菩薩礼賛記』第7部

九、ノイローゼが治る


(広島県高田郡)F女(47才)


私は農家に住む主婦ですが今年の三月三十一日に母の病気が再発して倒れました。看病の為に今迄勤めていた職場とも別れました。八十三才の父の面倒やら、家の中の色々の心配事が重って四月頃胸が焼ける様な痛みを感じはじめました。氷で胸など冷やしたりしましたがその中、頭がはっきりしなくなり、田植えも出来ず主人が人に頼んで植えてもらった様です。病院に行く様に主人がすすめたらしいが私は病気ではないと言い切る為に里の妹を呼び三人で無理やり病院につれて行かれました。

よく眠ればよろしい、別に異常はないが出来れば一週間位入院する様すすめられたが二人の病人をかかえて入院など出来ないと断りました。医者の薬もY酒もなんだか恐ろしい様で呑む気になれず、叱られて呑む様な有様で私を取りまく周囲がとても恐く感ぜられてつらい日々でした。病人の見舞に戴いたまんじゅうでさえ咽を通りませんでした。化粧をするでもなく、体重はどんどん減って来ました。人に会うのが恥かしく言葉も少なくまり黙り込んでいたそうです。

或る日お姉さん(主人の従兄弟の妻)が「お地蔵さまのしおり」を職場の人から借りて来て、私に首無地蔵様にお参りする様にすすめて下さいました。数日後に私は次男に連れられて「しおり」をたよりにお参りしました。初めての土地で仲々分らず私は帰ろうと言い出しましたが次男は一生懸命に捜し昼頃ようやく辿りつきました。私は只軽い気持で拝み、お地蔵様の体に触りました。そしてお礼として備え付の封筒に名前のみ書いてお供えしました。その後主人は次男に向って月例祭の日に会社を休み再度母を連れて行く様に言いましたがガソリン代がもったいないと私は断りました。

それから数日後、お姉さんが来られその後の様子を聞かれましたが、別に変ったことはなくやはり頭が重いと答えました。お参りした人は皆良くなっているのに貴女ばかりはどうしてでしょうと言われても返す言葉もありませんでした。

八月に入っても依然として頭は重く、ハリコでもかぶっている様でもやもやし、それに夜もろくに眠れませんでした。次男は車に乗る仕事をしているので気を付ける様に注意すると「僕のことは心配しないで自分のことに気を付ける様に」と逆に言われ、その一言が奇妙に不思議に思えました。それから数日後ふと今迄の自分が昨夜夢でも見たかの様に次々と思い出されてきました。私はこの時初めてはっきりとお地蔵様の事を思い出しました。お地蔵様は今私を正気づけてFさった。罪深い私を助けて下さったと思い感謝の気持で胸が一杯になりました。

その時の喜こびは口では言い現わせない嬉しさで涙が出て仕方がありませんでした。私は嬉しさの余り隣の人にこれ迄の事情を話しました。隣家の人は本当に良かったと喜こんで下され、二人の年寄をかかえてどうなる事か可愛そうにと周囲の人々が大変心配していたとのことでした。

私は熱い涙が出て仕方なく「元気な姿に戻ったのは貴女一人の力ではない」と近所の人は共に泣いて下さいました。

私は二回目の地蔵参りを主人と三人でしました。何時の間にか頭もよくなっていて九月十三日には広島市の叔父叔母を呼び四人連れで三回目をお礼参り致しました。今の私は胸がスカッとしていて何かしら希望が胸に湧き上り、自然と両手を合せ地蔵経が口に出ます。

今私は本当に幸福です。お地蔵様本当に本当に有難うございました。

 お地蔵の慈悲の腕(かいな)に支えられ 胸うちに 今日もうれしさ溢るる

合  掌

昭和五十三年九月十六日