「備後府中 首無地蔵菩薩」『礼賛記』第10部>9 >


『地蔵大菩薩礼賛記』第10部

九、孫の全身やけどがなおる


(広島県府中市)戌年女(69才)


今年五才の私の孫(男子)が今東京に住んでいます。昭和五十四年七月、この孫が風呂の熱湯の中に落ちて大火傷をしたとの知せを聞いた時、私の心臓が止るほどのおどろきでした。水を加えなければ入れない風呂場に行った孫に、風呂のふたに乗ってはだめだとその母親にきつく言われていたのにふたに座ったのです。途端にふたがはずれて煮えたぎったお湯におちました。そばにいた六年生の姉が大いそぎで引き上げて、とっさに水をかけてやったそうです。救急車を呼びタオルでくるんで病院にかつぎこぎこみました。湯におちたとき手先と足先丈がわずかに出ていたので、そこを除いて全身の大火傷であり、目丈を残してほうたいでぐるぐるまきにされました。体全体に水ほうが出来て痛い痛いと泣きどおしで注射を打つ場所もない有様に医者も困ったといいます。

私は孫の災難をきいた直後、つね日頃お参りをしている首無地蔵様を思い出し、おすがりしようと思い、早速参拝して孫を助けて下さいと一心に祈りました。そしてお地蔵のお守りを受け、タオルを戴いたのでタオルで御地蔵様のお体にさわりながらお願いしました。これらを訳を話して孫の所に送ってやりました。二、三日毎に東京より状況を知らせて来ていました。十日目頃容態が少し悪くなったので輸血をしたといいます。その翌日から急に元気になって食物も少しのどを通る様になり、「お父さん、お母さん有難う。ごめんなさい」といったといいます。このことを聞いて私の胸は一ぱいになりました。

それからは日毎によくなり全身のひふが一皮きれいにむけて元どおりになり三週間目に退院しました。あんなにひどかったのに、こうも早く治るとは不思議な位できっとお地蔵様のお加護があったにちがいないと深く深く感謝しています。

八月のお盆に東京から家中そろって墓参りに帰ってきました。そしてよくなった孫の体を見せてくれました。早速つれ立ってお地蔵に参り厚く厚く御礼を申し上げました。府中に滞在中、孫は海水浴にも行って来ました。やけどの跡はうそのようにきれいになっておりこんなに有難いことはありません。お地蔵様有難うございます。

合  掌

昭和五十四年九月十八日