「備後府中 首無地蔵菩薩」『礼賛記』第11部> 


『地蔵大菩薩礼賛記』第11部


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『地蔵大菩薩礼賛記』第11部

三、女の子を授る

(滋賀県草津市)O女(30才)


私が結婚して五年になりましたが子供に恵まれませんでした。結婚二、三年は別に子供がほしいとも思わず、そのうちに授るであろうと思って過して来ました。

其の後妹が結婚して妹に子供が生れましてからは、私も子がほしくてほしくてたまらなくなりました。両親も一日も早く内孫の顔を見たいが、どうしているのかと申されますが、こればかりは私にもわかりませんので難かしい気持ながら、やむなく医大の産婦人科で診察を受けました。

其の結果、夫婦共に身体には異常がないとのことでしたので其の後毎月医師の指導を受けてまいりましたが、残念にも妊娠はしませんでした。

子供がほしいほしいと思う毎日でしたところ、昨年七月末に町内の墓地掃除に行かれた私の母が、近所の方の話では広島県の府中市という所に霊験あらたかな首無地蔵さんが祀られてあってお願いごとは何んでも「かなえ」て下さるらしい、有難いお地蔵の話を聞いて来られ、その方の父(栗東町 O氏)が参拝されて、お蔭を戴かれ毎日感謝の日暮しをしていられるので、「後日私方に来て頂いて詳しくお話を聞かせて預けるようお願いしてきた」と母が話されましたが、私はそのときもったいなくも半信半疑でしたが子供がほしい毎日で医者の指導まで受けている身、溺れる者、藁をも掴む思いでその方のお話を後日聞かせて頂きました。早速昨年八月十五日子供を授けて下さるよう夫婦でお参りさせて戴きました。

其の後は毎日お地蔵さまに心の中でお願いしてまいりました。私の身体には其の後何の変調もなかったのですが定例診察が十月中頃にありました。其の時、医師は「喜こびなさい妊娠していますよ」との言葉に自分の耳を凝ったぐらい「先生本当ですか」と再度尋ねました。これはお地蔵さまがお授け下さっためだと思い嬉し涙が出ました。

医師の申されるにはどのようにして妊娠したのか不思議と申され、今後の参考のため是非当院で出産してほしいと申されましたが、私は草津の産院の事務に勤めている関係で五ケ月間だけ京都の産院で診察を受けました。

夫も喜こんで正月にお地蔵さまえ妊娠したお礼と私の安産をお願いにお参りしてくれました。お蔭様で七月二十五日夕方苦しむことなく、無事女の子を安産いたしました。今更ながらお地蔵さまの偉大なお慈悲にただただ頭が下るのみで御座います。

両親も毎日孫の顔を見ながら、「よく生れてくれたね、よかったよかった」と喜こばれ、「こんな可愛い孫を授けて下さったのもお地蔵さんの御利益のお蔭」と深く感謝されております。大人ばかりの家庭に赤ちゃんが生まれてからは家の中は子供の表情一つに「笑ったよ、喜こんでいるよ」と賑やかで楽しい明るい毎日を送らしてもらっています。これ一重にお地蔵さまのお慈悲のお蔭で御座います。お地蔵さま本当に有難う御座いました。

合  掌

昭和五十四年十月三十日