(三次市高杉町)H女(75才)
昭和五十七年七月二十二日、孫のKの見舞いに大阪に行くことになっていました。ところが私の脛が急に痛くなり、病院で診察して貰いました。左のすねに水がたまっていると申され、びっくり致しました。これは大変と思い日頃信心する首無地蔵様にすがるほかないと思いましたが、二十二日は痛くてとても参れませんでした。大阪へのお土産に買ったお菓子を供えようと地蔵様のことを気にしながらその晩は休みました。
翌朝午前三時のことでした。首無地蔵さまが夢の中で早くお参りせよと申されました。それはそれはお美しい丸顔で色白く、緋の衣を着られたお姿でございました。自が覚めてすぐに身支度をして参拝致しました。丁度府中市元町の娘のところに泊っていましたので地蔵堂までそう遠くはありません。人一人居ないうす暗い地蔵堂の前で一生懸命に祈りました。祈り終って立ち上ると、すねの痛みは殆んどなく軽くなっていました。あの急な地蔵坂も何のその走りながら下まで降りました。本当に霊顕あらたかなお地蔵様であるとしみじみ思いました。世の中の困っておられる方も信じてお参りされることをおすすめ致します。
おんかかかびさんまえいそわか
七月三十日
今日はよい天気でした。朝三時に起きて首無地蔵様に参りました。帰りには家までどの位あるかと一歩一歩数えながら歩き、丁度二千五百歩で家に着きました。午前四時半でした。それから五時二十分頃まで自室で一寸休み朝の食事の支度にかかり、食後七時半より掃除をし、次いでに隣の娘の家の掃除もして十一時半、お菓子とお花をもって首無様へ参りました。世話人様より首無地蔵様の有難いお話を色々聞かせてもらいました。帰宅して昼食をとった後「地蔵大菩薩礼賛記」を読んでいますと、そのままいつの間にか眠っていました。うとうとしていますと地蔵様が「時間だから早く起きて参りなさい」と申される声をきき、はっと目が覚めました。丁度三時半でした。その時は既にお姿は見えなくなっていました。本当に不思議なことがあるものだと私は思いました。
七月三十一日
朝三時起床。地蔵堂に参りお百度を踏ませて戴きました。心も清々しく何のつかれも出ませんでした。
昭和五十八年八月十二日のことでした。娘の家にいた時、元町の門田池の上の石垣の草を取る積りで仕事をすませ、細道を通って手で草をむしっておりました。石垣の穴に手を入れようとしたその時『待て、よく前を見なさい』とお地蔵様の声を聞きました。お姿はなく、直に教えて下さいました。見れば「ハミ(=はぶ)」が目の前でとぐろを巻いておりました。私はびっくり仰天しました。あたりを見ても人影はなく困っていますと、Mさんという方が丁度通りかかり、お願いしてハミを取ってもらいました。とても大きな毒蛇でした。子供を七匹もはらんでいました。私が気付かずに草を取り進んでいたら、完全にハミに噛まれるところでした。子持ちのハミは気が荒く、猛毒が忽ちに体にまわり手足を切断していたかも知れません。お地蔵様のお知らせがなかったら、今私はだるまさんになっていたでしょう。本当に危ないところでした。私は又もお地蔵さんに助けられました。
地蔵堂よりお受けした「タオル」は大事に大事に持っております。一年間は奇麗でこれで体をさすることが出来ます。夜、寝るときには側に置いて休みます。一寸具合が悪い時にはすぐにこの「タオル」で体をさすります。こうして助けて戴いたときには、自分で作ったトウモロコシにキウリを添えてお地蔵様に供えます。又日を改めて御礼に参り、一ケ月と三日間真夜中に参り、時には早朝参ることもあり、その時には晩に買っておいた供えものを持参します。毎日、時には一日に二度、その度に百円のお賽銭とお菓子は欠かしません。
お地蔵様には何遍もたすけていただきました。本当に有難うございます。これから先もよろしくお願い申します。
おんかかかびさんまえいそわか
合 掌