「備後府中 首無地蔵菩薩」『礼賛記』第17部>4


『地蔵大菩薩礼賛記』第17部

四、五十年来の中耳炎癒ゆ


(広島県佐伯郡湯来町)O女(58歳)


今より九年前の昭和五十九年、主人が胃ガンの手術をしました。

家の前のSさんが既に十年前に首無地蔵のことをよく知っておられ、主人の手術後に首無地蔵に参れば大変な御利益があると教えて下さいました。

昭和六十年二月、主人はドライブを兼ねて私を連れて府中市の首無地蔵へ参ると言い出しました。真夜中の夜十時、湯来町を出発しました。府中市に行くのは始めてで道は知りません。とにかく東の方向へ車を運転し、山中の山路も不思議に迷うことなく、全く導かれるように、芦田川沿いに下り、府中の街の入口のガソリンスタンドに掲示してある首無地蔵の道しるべ(千メートル先)のあるところまで来ました。

午前二時でした。今頃参ってもおそらく門が閉っていて入れないであろうと思い、手前の府中公園の路上で仮眠し夜の明けるのを待ちました。夜明けと共に地蔵堂に参りましたが門などなく二十四時間いつでも参拝出来ることを知りました。以後毎月三回は参拝し、しかも夜中に参っています。五〜六回参っている中に主人は体が浮き浮きするようだと申しました。大手術後なのに府中市迄三時間を要す道のりでありながら、度々運転しても体にはこたえないと言います。むしろ気分がさわやかであるといいます。

お蔭で主人の胃の調子はすこぶるよく、同年代の身内が主人を含め四人共胃を患い、他の三人は間もなく死亡しましたが、主人のみ現在も元気でいます。姉も首無地蔵様のことはよく知っていて主人の現在あるのはお地蔵のお蔭であると申しています。

昭和六十年三月にも夫婦で参りました。

私は耳は年中じくじくしており、、赤ん坊の時から慢性中耳炎にかかっていました。どんなに治療しても治らず、五十年間悩み通しました。医者も匙(さじ)を投げましたし、なおらぬものと半ばあきらめておりました。

三月、首無地蔵に参って間のないある日、姉が私の耳が奇麗になっていると教えてくれました。それまで気付きませんでした。耳穴にさわって見ると、あのいやなじくじくがない、耳がすべすべしている。五十年来の慢性中耳炎がなおっている。私はうれしくはありましたが、それよりも驚きの方が大きかった。どんなに手を尽しても治らなかった中耳炎が首無地蔵に参っただけでなおっている。不思議という外ありません。

同時に又々、主人に奇蹟が起きていました。主人の左肘(ひじ)が悪く骨が外れて、そのまま肉が盛り上り、肘は曲ったままになりました。それが季節の変り目毎に痛んでおりましたが、地蔵参拝後は全然痛まなくなりました。医者は肘の状態を見て、痛むはずだがと申しますが主人はけろっとしており、医者も首をかしげて不思議がっております。あれから十年経っていますが主人の痛みは全くありません。

その後、主人は心臓を悪くし、平成六年二月十四日に手術をしました。三月八日には退院して、あくる日には車を運転して廻っていましたが何ともありません。退院後五日目に首無地蔵まで三時間運転して参りましたが、主人はつかれた様子も痛む様子もなく、けろっとしています。周囲の者が皆びっくりしています。三月八日の参拝にはお礼に三千羽の折り鶴を奉納しました。

私は心がいらいらしても、地蔵堂へ来るとす−と楽になり落着きます。ここの境内には何か不思議な雰囲気があります。

或る月、生後六ケ月の孫をつれて年寄夫婦丈で参拝しました。孫はむずかるかと思いましたが、帰宅するまでミルクも欲しがらず五〜六時間寝通しで全く手がかからず、これも意外なことで、地蔵参拝の不思議の一つです。

姪のむこが地蔵のタオルを欲しがり、お産の腹帯用にと、事務所で受けてもって帰ってやりました。霊験あらたかの一語に冬きます。

毎月一回は参らぬと落着かず、気が済みません。数々のお蔭を頂き、首無地蔵様ありがとうございます。

おんかかかびさんまえいそわか

合掌 

(平成六年三月十三日)