「備後府中 首無地蔵菩薩」『礼賛記』第17部>12


『地蔵大菩薩礼賛記』第17部

十二、孫のおねしょうが止り肩のこり治る


(福山市)女(73歳)


首無地蔵が掘り出され、有名になったのが昭和五十二年でした。それから四〜五年経った頃、お地蔵さんは何でも聞き届けて下さると聞いておりました。その頃六歳だった孫のおねしょう(夜尿症)がどうしても治りませんでした。毎朝のこととて何とか治したいと思い、おばあさんは起して小用させればよいではないかと注意して下さるが、いつ漏らすか分らず手古ずっておりました。

首無地蔵さんにお願いしてみようと思い、息子夫婦と孫を連れて府中市に参りました。そして孫のことを地蔵尊に一生懸命に頼みました。孫も可愛い手を合わせて拝んでおりました。
「何しにお地蔵さんに参ったの」と聞くと、恥ずかしそうに
「おしっこをお願いした」とためらいながら小さな声で孫は言いました。

不思議も不思議、その夜から孫のおねしょうはぴたりと止ったのでした。あまりの霊験の早さ、すばらしさに驚きました。

それからも首無地蔵へは時折り参っておりました。

平成六年の秋頃より右肩が凝るようになりました。普通の凝りようではなく、痛くて気分が悪い。風呂に入っても手が動かず、一人で体が洗えないので主人に洗ってもらう状態でした。

お地蔵さんのことを思い出し、何でも縋(すが)ろうと、早朝一人で参拝しました。宗務所はまだ早く締っていて、丁度毎朝参っておられるらしいおじいさんに会い、地蔵堂の下手の世話人Sさん宅を教えてもらいました。症状を訴えると、Sさんは地蔵タオルを送ってあげるから、それで肩を撫でなさいと申され、住所を告げて帰りました。早速地蔵宗務所より送られた地蔵タオルで、毎夜肩を撫で、寝る時は右肩をタオルで包んで眠りました。

私は朝起きると東に向い太陽を拝み、正面(北東)に向って八百万の神々をおろがみ、北方府中市に向っては首無地蔵尊を拝しておりました。二階にはお大師様を祭っており、四国巡拝は何回も致しました。

気がついたときには肩はいつの間にか治っておりました。

娘が子供二人を残して離婚していました。主人と意見が合わなかったようです。子供は母親を無性に慕っておりました。何とか元の鞘に収まるようにと首無地蔵にお願いしておりました。間に入った人が上手に話して下さり、先方から帰ってくるように申され、一年目にして仲睦まじい生活に戻りました。雨降って地固まるの例えの通り昔のことが嘘のような円満な家庭です。

平成七年六月二十四日のことでした。何でも話し合う友人Mさん宅を訪れ世間話をしていると、Mさんは娘のことに悩んでおられ相談を受けました。その時私は足が痛んでおりました。そして肩のこりを治してもらったきりで一度も首無地蔵にお礼に参っていないのに気付きました。お礼に参らねばいけないと即座に決心し、翌早朝Mさんと一緒に参りました。Mさんは娘のことを祈願されました。(世話人の)Sさんからも色々アドバイスを受けられました。私はまとまったお金をお礼に奉納しました。私の主人は鉄工所を経営しておりますが、バブルの景気が崩壊し、平成の大不況に突入しており、仕事が大幅に減っている時節にかかわらず、夜おそくまで残業する忙しさです。ひとえにお地蔵様のお蔭と思っています。応接間でS様と話しているとき、毎週日曜日に参られる広島市のスタンド経営者Yさんが来られ、紹介され、お地蔵さんから受けられたお蔭話や、旺盛な生活態度に感銘し、大変有意義な参拝日となりました。

願わくば首無地蔵様、友人の悩みや、多くの人々の痛みを和らげ給わんことをお願い致します。有難うございます。
 おんかかかびさんまえいそわか

(平成七年六月二十五日)