「備後府中 首無地蔵菩薩」>宗教>組織>世話人会


世話人会


【結成】 昭和52(1977)年7月15日、出口町胡町内会第18組により結成
【姿勢】「参詣者の信仰の問題は参詣者自身の意向を尊重する」
【使命】参詣環境の整備
【役員】代表役員  (略)

地蔵の管理は、当初は地蔵発見者が個人的に行っていたが、新聞報道の後の参詣者急増以降、地蔵を祀る丘の下に住む出口町第18組の有志に管理を依頼することになった。管理を引き受けた9軒は世話人と呼ばれ、7月15日には「世話人会」を結成し、以後、例祭の世話や地蔵堂の管理を行うようになった。とはいえ世話人は、境内の管理運営にあたるのみで、「首無地蔵」信仰を教義的に方向付けたり、参詣者組織を作ろうとする動きは、全く見られなかった。また賽銭管理の問題などから、世話人会は「首無地蔵」の宗教法人化を図り、昭和54年に宗教法人「府中地蔵菩薩」の登記をし、その後昭和55年5月には通称に従う「首無地蔵菩薩」に名称変更した。こうして、地蔵の管理も昭和55年までには整備が完了した。以後「首無地蔵」は、この時の施設および役員の形態を基礎にしながら運営されている。【鈴木岩弓著「首無地蔵」信仰の展開構造】


資料[当時の新聞記事]

山陽新聞(福山版)(昭和53年(1978).05.28)


「びんごのグループ」42 首なし地蔵世話人会(府中市)

 悩みもつ人に奉仕 月1回例祭仕切る裏方さん

昨年5月18日、府中市内で、首の欠けた石地蔵が掘り出された。いつの間にか万病を治す霊験があると、評判になり、県内外からの参拝客でにぎわっている。さきの再建一周年の大祭には3000人近くが詰めかけ、裏方の世話人会は接待に目の回るような忙しさだった。

「多くのねがいごとや悩みを持っている信者のために奉仕しよう」と、世話人会のメンバーは、親睦を深めながら協力している。

地蔵が丘や参道の清掃、お供え物やさい銭の回収、寄進の受付けが日課で、月一回の例祭(18日)前後には、全員が集って保管していた供米を1合(150グラム)ずつビニール袋に入れたり、お菓子、もちなど接待の準備に追われている。

銅板ぶき菩薩(ぼさつ)堂の建設や、高さ1.7メートルの線香立て、休憩用のテント2張り、ベンチ、30台収容の駐車場も設けた。このほか、お守り6千枚、記念タオル5千本、おかげを受けた実例をまとめた「礼賛記」(B5判、10ページ、近く6号)などを作って無料で配っている。時には広島市などからバスで訪れる団体客のガイド役も務めている。公衆便所の新設もほぼ内定し、将来は寄付金を積んで、現在借地住いの地蔵用地を取得する計画。

長谷川さんは「みんなに喜んでもらい、市の観光にも役立ち、隣人とのコミュニケーションもバッチリです」と、地蔵守りに意欲を燃やしている。

(写真:例祭の接待準備に張り切る世話人会のメンバー)(略)

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