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府中市出口町 歴史の小径

洞仙薬師堂

洞仙の丘の南端の崖下に薬師さんの御堂がある。正式の名称は一畑薬師分霊所「洞仙庵」である。

洞仙の丘の南端の崖下に薬師さんの御堂がある。正式の名称は一畑薬師分霊所「洞仙庵」である。この薬師さんは現在も祀ってある羽中の山名義雄氏宅の横にある薬師さんを分霊したものといわれている。

羽中の薬師堂は正面に古い百度石があり、側面に「明治九年三月之を建つ」と刻み、発起者として、武安芳助、楢崎亀之助、松岡熊吉、井上治右衛門、福場○吉、井上○吉、井上豊助、豊田伝吉、三浦長平、桑田和七、栗本○七、小森山久兵衛、木下松兵衛の名が彫ってある。出雲一畑薬師如来教会講杜参拝所の文字も見え戦前は参拝者で賑ったという。

又一説によれば洞仙薬師は大黒町の小川良平氏の二男に良三氏がおられ、当時小川家は染料会社を大々的に経営していて、松江に支店を設け良三氏が染料を売りさばいていた。父良平氏の目が悪くなったので、目によいという評判の一畑薬師に良三氏がおがみに行った。医者にかかっていてもはかばかしくなく、片目丈でも見える様にしてやるとのお告げがあり薬師如来の霊験により目が見えるようになった。そこで一畑薬師より分霊して帰り洞仙に祀ったという。明治の終りか大正の初め頃である。

毎月七、八日が例祭日である。

(写真:洞仙一畑薬師)(略)
(写真:洞仙一畑薬師)(略)

資料源:出口郷愛会「歴史の小径」(昭和57年5月10日発行)