「モヤさん」の人と自然の出会い旅Z人と自然の出会い旅24
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ネイチャーゲームの講習会や研修会の楽しみは、下見です。たいていは、地元スタッフの人たちと、じっくりと時間をかけて回ります。 たくさん見ておいて、実施するゲームに最適な場所を探します。そんな時、野生動物に出会う幸運に恵まれることがあります。 山口県の徳地少年自然の家で行った研修会でも研修会の始まる前にも、一人でたっぷり下見を楽しみました。 その下見中に、ノウサギ  ̄(=∵=) ̄ に遭遇しました。目の前ほんの5mくらいでした。気がついて立ち止まると、向こうも気がついて、たちどまって道のすみで様子をうかがっています。草に隠れているつもりなのでしょうが、しっかり耳が見えています。(体隠して耳隠さずです)その時です、ウサギの向こうにキツネ さらに、別の所で山道を歩いていると、向こうからやってくる生き物がいます。 オッ!タヌキか、と思て、よく見ると鼻筋が白い。「ハクビシン?」と、思いましたが、むっくりした体型で・・・・・アナグマです。こちらが、立ち止まった後も数歩近付いたところで,わたしに気がつきました。向こうも立ち止まって、困ったようなそぶりをしていました。「おいおい、そっちへ行く予定があるんだけどなぁ〜、じゃまなんだよね」と言った所でしょうか。 しばらく悩んでいましたが、わたしの方に道を譲るそぶりを感じなかったのか、「しかたねぇな〜」と、道を引き返して行きました。わたしの方は早速、ついて行きましたが、道を曲がるとそこにはもう、彼(彼女かな)の姿はありませんでした。 下見を終えて、宿舎に近づいた時の事です。近くに、カサコソと何か動物の気配がします。 ゛(・・ ンッ? 立ち止まって、気配を探ると、近くのU字溝の中から音がしています。なんだろう?ゆっくりと近づいて行きました。U字溝のふた(金網状)からはみ出した草がごそごそ動きながらゆっくりと移動して行きます。1mくらいに近づいた所で、ふたが終わってそいつが頭を出してきました。又、アナグマです。頭を出したのに私には気づかなかったようです。(狩人の歩き大成功(`ー´)ヘヘーン) 道を横断してついているU字溝の方に入って行きます。私もその後をついて行くことにしました。3mくらい行ったところで、ふたが終わって、又顔を出します。今度は、何か気配を感じたのか、やけに慎重です。あたりを探っています。ところが、数十m離れたファイヤー場で活動している人たちの声を気にしているようで、真後ろ(この時30〜50cmくらい)に迫った私に気づきません。近くで見てみると、少しこぶりで、子どものようです。さらによく見ると、左目は、眼球は有るのですが利かないようです。背後に迫っていても気づかなかったのはそのせいもあったかも知れません。たっぷりとその姿を見せてくれた後で、フト私の存在に気がつきました。 「おお!何でこんな近くに人間がいるんだ?近づくときには挨拶ぐらいしろよな驚くじゃないか。まったく近頃の人間と来たら油断もスキもあったもんじゃない・・・ブツブツ」と言ったかどうかわかりませんが、あまり焦った様子もなく、土手の下に続くU字溝をごそごそと下って行きました。そして、何か考え事をしながら、ゆっくりと藪の中に入って行きました。 それにしても、本にはアナグマは夜行性だと書いてあります。出会ったのは、昼間の1時半ごろと3時前。彼等は一体何していたんでしょう??? ともあれ、フィールドを静かに歩いていると、野生動物に出会えるものです。これも、下見の時の楽しみの一つです 2001.5.10 |
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その人のことが気になりだしたのはいつ頃のことからだろうか? 勤務校が変わって、芦田川(広島県第2の一級河川)沿いの通勤に変わって2年目になります。芦田川の下流で支流の高屋川が合流するあたり、二つの川が並んで流れていて、通勤路はこの両方の間の土手を走るようになりました。そのあたりで、何度も何度も見かけるのです。 その人は川に入ってあるいは土手で、一人黙々とゴミを集めておられるのです。それも一度や二度のことではなく、何度も何度も見かけるのです。作業服を着て長い長靴を履き長い竿の先にかぎを付けたものを持つと装備もかなり本格的です。仕事なんだろうかボランティア活動なんだろうか?ボランティアならどんな思いで?と気になってしかた有りません。 意を決して話しかけることにしました。土手を降りて「こんにちは、よくお見かけしますがそれ(川掃除)は、お仕事なんですか?」と問いかけて見ました。「いいや。」と笑いながら否定されました。仕事としてでも、何かの運動としてでも、頼まれてでもなくただ川をきれいにしたいからと掃除を続けておられたのです。65才のアラカワさんという方でした。 高屋川はその生物的酸素要求量が、中国地方ワースト1位だというので随分問題になっています。これは、流域の人々の出す生活排水の量に比べて流量が少ないためです。これに対しては、下水道の整備や、河川浄化施設の建設などの手が打たれて、徐々に水質の改善が進んではいるのですが。ゴミは相変わらず大変なものです。 アラカワさんは、高屋川が中国地方でワースト1位の結果が発表されたのを知って、自分でも何かできないかと、定年を期に4・5年前からはじめられたそうです。ゴミはとってもとってもきりがありません。川にゴミをポイと捨てるのは簡単でも、川の中に入って、泥の中に埋まったビニールをかき出し、川の水で洗って干してゆく、乾いたら集めて袋詰めにしてゆくのは大変です。かき回すことになるので、臭いもつらいものがあります。一人では遅々として作業は進みません。 それでもアラカワさんは掃除を続けられ、徐々にきれいにされます。地形的にゴミの集まりやすい地点ですが、ゴミが取り除かれると、ヘドロが流され次第に川砂が現れて来るようなります。魚が泳ぐようになってきます。掃除をするのに川に入っていても、大きな鯉が近くまで行っても逃げなくなったと言います。(そう言えばその近くでは、初夏には鯉の産卵が盛んでした。) やっときれいにしたと思っていても、大雨が降ると上流からドッとゴミが流れてきます。まるで私たちの煩悩のように、きりがありません。友達からはお金にもならないことをと冷やかされるそうです。それでも、他人に強要することもなく、くさることも無く文字通り黙々と作業をくり返されます。 春になると菜の花が川土手と河川敷を埋めてゆきます。ところがよく見ると、所々穴が空いています。そこのところにはビニール類が埋もれているのだそうです。その方がゴミを取られたところは一面の菜の花畑になります。誰に誇るでもなく、一人静かにその達成感を楽しむんだそうです。 話している間も、作業は続けられますが、一休み。たばこタイムです。おいしそうにたばこを吸われます。吸い殻は?と思っていると、ポケットから吸い殻入れを出してきてしまわれます。その一連の動きが、とても自然な雰囲気で流れてゆきます。ゴミを捨てる人の心を嘆かれながら、自分が果たせている「仕事」に誇りを持って、投げ出す事無く輝いて生きておられる。そんな風に感じました。 私は、大好きな自然を楽しむだけでなく、どんな事ができているんだろうかと、我が身を振り返ります。仕事柄(教員などしております)「ああしたらいいよ」「こんな素敵な事もできるよ」と、動機付けをすることはたくさんあります。生徒を連れて、何十人もで川掃除を企画したこともありますが・・・。アラカワさんのように「私自身」はどんな事がして行けるのかなと思います。私も静かに輝くことのできる人になりたいなあと思います。 2001.7.12 |
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科学的に言うとそんなもの有るわけ無いと言う事になってしまいます。以前Yさんという優れた教師から聞いた話。ある時、バス遠足でガイドさんが言ったそうです「皆さんの日頃のおこないが良いので、今日はいい天気ですね」とまあ、ありがちなヨイショのお話しです。ところがそれを聞いたYさんは、「日頃のおこないで天気は変わりませんよ」と、注意をしたというのです。何もそこまで几帳面にとも思いますが、Yさんによると、日頃のおこないで天気が良くなるという発想は、そこにいる人を持ち上げているのだけれども、悪い天気に巡り会った人たちに対して、日頃のおこないが悪いからとけなしていることになるし、比較して優越感に浸る意識が存在しているというのです。本来、因果関係の無いものに、関係性をくっつける考え方は非科学的であるし、そもそも晴れたらいい天気というのも、人間のご都合主義だというのです。そして、その様な発想が、不当な差別を生む精神的な土壌になると分析されていました。さすが、真摯な(←嫌みではありません)教師は安易な妥協はしないなと感心したものです。 Yさんの発想で行けば、雨男だの晴女などという発想自体がナンセンスという事でおしまいです。雨女のXさんが来たから雨が降るとか、晴男のZさんが来たから晴れたんだ等というのは、科学的にはあり得ない話です。(※三国志に出てくる孔明さんなんかは、祈りで天気を変えちゃいますし、昔から高名なお坊さんなんかも雨乞いの祈祷をして成功したの失敗したのと出てきますから、そんなすごい能力が有ればまあ別なんでしょうが、私たちの回りにいる雨男も晴女もそんなすごい能力者とも思えません。) にもかかわらず、野外活動に関わる活動をしていると、自称・他称の雨男だの晴女だのは、珍しくもなく存在するものです。あの人が来る行事は不思議と雨だとか、自分の参加する行事はとにかく晴れちゃうんだよね、という事実はゴロゴロ有ります。ただ、このようなバラツキが有ること自体は、確率論的に考えると、むしろ当たり前の事です。いかさまでないサイコロを投げれて、どの目が出るかの確率はそれぞれ1/6です。しかし、色々な人がそれぞれ6回投げて1〜6の数が均等に出る確率は、1.54%しかありません。むしろ、何らかの偏りがあるのが普通です。 これと同じで、参加する行事で雨の確率が平均より随分高い人もいれば低い人もいて当然なわけです。そこに、因果関係を持ち込むのは、非科学的であるにしても、その様な確立を引き当ててしまう個人が存在することは、紛れも無い事実です。 そして、人間というものはその様な運命(確率)に、大きく揺さぶられるものです。次回は、そんな運命に揺さぶられている人を紹介しましょう。 2002.4.12 |
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ネイチャーゲーム指導員仲間にOさんがいます、彼女は典型的な雨女です。もちろん、前回分に書いたように別に彼女が雨を降らせているというわけではありません。(※彼女がそんな超能力者だなんて思ってません、イヤ(^o^)ホント) しかし、Oさんはどうも雨の確率を引き当ててしまったようです。何しろ、ある年など彼女の担当した講座はどの講座もどの講座も雨が降ってしまうのです。同じ日に行っている他会場では晴れていたのに、彼女の担当した講座では3日間雨が降っていたなんて事も、普通に起こってしまいます。(もちろん地域は違うのですよ・・・念のため)ついに、彼女は天気予報がどのような状態であろうと、常に雨靴を用意して講座に臨むようになります。そして「予定どおり」雨が降ると、準備不十分な参加者に、野外活動における雨天対策の大切さを実感してもらうことになるのです。 ところで、彼女の名前の中には「潤う」という字が含まれるのです。そうすると、周囲もおもしろがって、名前が名前だから、雨を呼んでいるんだと言い出します。そして、このOさんが、繊細というか意外と小心者。なんだかその気になって来て、「そうなのかなあ」、「いやそんなはずは無い」という心の揺れが起こるんですね、これが。 Oさんが理事長をしている県で、ネイチャーゲームの全国研究大会が、開催されたときの事。ほぼ、晴だったのですが雨が降ってしまいました。でも、行事を阻害するほどの雨でも無く、「潤う」のOさんをからかおうと手ぐすね引いている(年食った)悪童どもは、チクチクとちょっかい出す程度でした。ところが最終日、屋外でフェアウエルパーティーを行なおうと準備していると、降って来たのです。急遽スタッフは、屋内に会場を移して、準備に大わらわの状態でした。それでも、体育館で楽しくパーティーは進んだのです。主管した県の代表としての挨拶で、彼女は、思わず言い訳をはじめてしまいます。「この雨は、わたしの名前に『潤う』が、あるせいではありません」と・・・。無論、本気でそんなこと考えている人なんていません(いや?中にはいたのかな(^^ゞポリポリ )。ただ、その挨拶自体が、Oさんがいかに気にしているかを示していました。 もっとも、ここのところのOさんは、降らない方の確率を引き当てたんだそうです。この1年間は(雨靴を用意しているのに)雨の降らない講座が続いているのだそうです。これで、雨女の汚名は返上だと変に張り切っています。 ところで、私の天気のめぐり合わせはというと、雨が降っても・晴れてもとにかく、「講座に都合良く展開するようになる」という事に決めています!先月の養成講座では、講座前日に雨から雪になりました。それでも、朝には止んでいて、午後からの講座は、外の活動も問題なし。最終日には、適当に地面が乾いてくれていて順調、11時半ごろ野外実習の最後を終えて、室内でまとめをしながらふと外を見ると、雨が降っているではないですか、このようにして講座に都合良く天気が変化するという、私の「確信」が強まって行くのです。 先日横浜こどもの国で行った講座に、上級指導員の相互研修のためにOさんに参加してもらいました。私が、主任講師の講座ですから、いつものように雨は降ったりするのだけれども、活動は何となくできてしまうという状態でした。ところが、観察に徹してもらっていたOさんを、活動の見本の相手に引き出しますとどうでしょう、パラパラと来たのです、「オッ!雨かな」と思っていると、やたら音が大きい。なんと、ヒョウ混じりの雨だったのです。そして、十数分後見本が終わる頃、何事も無く雨は止んでいて、講座は問題なく進んで行きます。やはりOさんの神通力は健在のようです。そして、私の何とかなる天気という状況も続くようです。 ああ!又迷信が!!!(*^_^*) 2002.4.12 |
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ネイチャーゲーム(NG)を象徴する小道具と言えばダックコール このダックコール、本来はカモ猟に使うために作られたものです、このコール NGの中に『止まり木』という不思議な活動があります。開けた所に木の枝を持って、毛布などをかぶって座り込みます。そして、ピシィピシィーという音を、断続的に口ずさみます。立てた枝に鳥を呼び寄せて、止まらせてみようというのです。 はじめてこの活動を紹介してもらったのは、福山少年自然の家でのことでした。日本NG協会のNさんから音の出し方や気持の作り方を教えてもらいました。このときは、枝を持つ代わりに適当な木の近くに座って、鳥を呼ぶことにしました。残念ながら、鳥を呼びよすことができませんでしたが、ピシィピシィーと口ずさみながらワクワクして待つのは、それだけでなかなか良いものです。 その後、何度かバードコールを試みてきました。ある時は雑木林の中で散歩中に、ある時はNGの養成講座の朝に参加者を待つ間に・・。広島市立三滝少年自然の家では、日本NG協会のHさんと一緒に、ベランダから呼んでみました。この時は1mくらい離れた木の枝まで小鳥が一羽やって来てくれて、楽しみました。 先日、国立のと青年の家でフィールドビンゴという活動をしていたときの事です。フィールドを歩いていると、近くの林に小鳥が集まってきました。カラの仲間です。しばらくすると群れごと去ってゆきます。早速、ピシィピシィーとコールをはじめてみました。すると、数羽の鳥が気にして近くの木に帰って来たのです。間隔をあけてピシィピシィーを繰り返すと、私の目の前の枝に、小首を傾げながらどんどん近づいてきます。群れ全体も戻ってきました。小首を傾げる鳥たちとなんだかお話しているような気分です。道具を使って鳥寄せをする以上に、特別の一体感があります。何とも幸せはひとときです。一緒に講師をしていたTさんが通りかかって、とても近くにいる鳥たちにおどろいています。二人で、楽しんでいると、中学生の一団が楽しいそうにガヤガヤとやって来て、鳥たちは、去っていってしまいました。 ピシィピシィー音の出し方と、タイミングに随分自信ができました。さて次には、どんなところで、お話ができるのか、大いに楽しみです。 2002.5.7 |
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※ネイチャーゲーム仲間のお母さん(Sさん)は、100歳。わたしの知人の中では最高齢者でした。大往生を果たされたSさんに対する弔辞です。一部修正を加えました。 弔辞 おばあちゃん、とうとう弔辞を読むことになってしまいました。 生前からのお約束通り、半分ほどしか生きていない若輩者ですが、友人の一人として弔辞を読まさせてもらいます。 それにしても、百年間はすごいですね。きっちり一世紀間の人生ですね。 百年の間にはほんま色んな事があった事でしょう。当然、楽な事ばぁーじゃあ無かった思います。それなのに、90になっても100才が近づいてもいっこうに後ろ向きにならんで、前を目指しとって人でした。 はじめてお話ししたのは、かれこれ十年余り前になると思います。 当時、私も40才目前、まだまだ元気で他の人には体力でも気力でも、そうはひけをとらんつもりでした。それでもぼちぼち、体力的にも気力の面でも、若い頃にくらべるパワーが落ちてきたことを自覚しはじめていました。若い思うて、あんまり調子にのりょうると失敗するから、自重しなければと、少し大人ぶったことを考えだしていました。そのころ、おばあちゃんは90代目前、私の二倍を軽く越える年齢だったわけですが、話してみてびっくりです。好奇心が全身からあふれていて、新しい事にどんどん興味を示される、何より話しているときの目の輝きが違いました。さすがに体力面では負ける気はしませんでしたが、衰えていない気力とやる気には圧倒される思いがしたものです。 その後、何度もお会いしてお話をさせてもらいましたが、今ごろの若いもんは調の愚痴も説教も聞いた記憶がありません。若い人の尻をたたいて、元気づけたり励ましたりというのも覚えがありません。励ますときには、自ら率先して前に向かっておられました。 おばあちゃんとのおつきあいのほとんどは、絵手紙を通じてでした。たまたま出した絵手紙に興味を示して頂いて、私の薦めに素直に受け入れてもらいました。絵を描くのは師範学校以来だとおっしゃりながら、描き始められたのです。 頂いた手紙を読み直してみたらこんな一節がでてきました。 「・・・孤独であっても 身のまわりの物も風景も さらさらと散る落ち葉の音も 一日一日一刻一刻変化し進展しているのです 昨日の私が そのまま 今日のわたしであってはならないはずです 木々の葉が散るまぎわまで 美しくあたりをかざり風のまにまに素直に散ってゆく 人間も同じでなくてはと思います 絵手紙の世界を教えて頂いて 90年も知らなかった 美しく楽しい世界を教えて頂きました ものを見る眼をこの年になって広め深めていただきました 『下手でいい、下手がいい』とはげましていただきました 筆がもてる間は もっと眼を開き耳をすまして 美しい大自然から 学びたいと思います・・」 おばあちゃんの描かれる絵手紙は、一筆一筆それはそれは丁寧にかかれたものでした。小手先の技法を見せびらかすいわゆる上手な絵ではありません、絵手紙がもっとも大切にする、心がこもっていました。小手先の技法に逃げることなく『下手でいい、下手がいい』の神髄そのままの絵手紙でした。 当時小学生だった娘の出した絵手紙にも、丁寧な返事をいただいていました。いつもは達筆な字を、こども向けに楷書に変えてりありました。 「がんばる人も『ボー』としている人も 一日同じように24時間なんですよ 24時間をムダなく送る人が一番上等な人間だと思いますがY子ちゃんはどう思いますか あそぶときも一生けんめい 勉強するときも一生けんめい それでいいのとちがいますか Y子ちゃんはどう思いますか 私のように年を取ると ものを覚えることができなくなります Y子ちゃんは今一番よくおぼえられる時なんですよ『ガンバレY子』神様がそう言ってられますよ 人間一生けんめいにやっている時が一番立派に見えますよ・・・」 それは、私の娘に語りかけながら、ご自身に言い聞かせ、そのようにあろうとされていた生き方なのだと実感します。とにかく、おばあちゃん本人が、元気で前向き。その姿に私も含めて周囲の人に元気と勇気を与えられ続けました。 あれはおばあちゃんが92,3才頃だったでしょうか「毎日2時間読書をしているんです。読んでいて3ページ前の内容はわすれてしまうのですが読書は楽しい」と当時おっしゃっていました。向学心旺盛で人生いつも新鮮ということを身をもって伝えてくれてたおばあちゃんでした、 さすがに最近は元気がないのかなと思っておりましたら、突然の危篤の知らせです。驚いて病院に駆けつけると、目を開けて見つめてくださいます。死を前にしたその眼にもしっかりと光が宿っていました。 荒い息がなくなったと思っていると、静かに呼吸停止。ところが驚いたことに、それからおよそ30分間も心臓が動いていました。次第に鼓動の間隔が開き、弱まりながらも家族の人たちの呼びかけに答えるように、そしてとても静かに鼓動が止まり命の火が消えて行きました。 それは、以前頂いた手紙の中に書かれていた「木々の葉が散るまぎわまで美しくあたりをかざり風のまにまに素直に散ってゆく 人間も同じでなくてはと思います」という言葉そのままの大往生でした。最後まで、若い者に勇気を与えてくださいました。 ありがとうございました。さようなら 2002年7月7日
もや ※死は残念で悲しいことではあるけれども、受け入れがたい恐怖では無いと感じさせてもらった臨終でした。わたしの人生・寿命はいつまでなのだろう。わたし自身は、半ば冗談、半ば本気で150歳をめざすなんて言っていますが、無論明日をも知れぬのが人の寿命です。明日死ぬような事になっても素直に死が受け入れられるだろうか、ヒトの生物学的限界を突破して、後100年生きることになっても、最後まで命が輝いているだろうか。色んな事を考えさせてもらった出会いでした。 2002.7.9 |
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ヌートリアにバッタリ・・・ 深夜、芦田川にかかる幅1m50cmくらいの細い橋を自転車で渡っていると、前方にネコ大の黒い陰がもそもそ動いています。近づいて行くと、反対方向に逃げようとしているらしいのですが、えらいスピードが遅い。ぴょこたんピョコタンといった調子で動いています。なんと、ヌートリアでした。追いつくと、今度は反対方向に逃げて行きます。そのユーモラスな動きを止まってみている内に、もっと近くで見てやろうという気持ちになってしまいました。自転車で追っかけると、すぐに追いついてしまいます。さらに反対方向にと思ったようですが、細くて長い橋の中、逃げてもすぐに追いついてしまいます。彼(彼女?)はかなり焦っていたようです。 そして、ついに逃げることをあきらめました。自転車の懐中電灯に向かって、「グー」とも「ヴゥー」とも言える、低く小さな声でうなってきます。それでも、同じ状態を続けていると、小さく丸まって動かなくなってしまいました。10cmか20cmくらいの距離しかありません、目からの距離でも1mくらい。じっくり観察させてもらいました。後ろ脚には、立派な水かきがついています。どうもそのために、走るのは苦手のようです。考えてみれば、これまでの出会いは、いずれも水の中を泳いでいるか、水辺の巣のところにいました。目はさほど大きくありませんが、つぶらでなかなかかわいいものです。 余りにも、長いこと観察され続けたからでしょう、橋の縁から身を乗り出しはじめました。思いあまって飛び込みでもされたら、その下は河川敷ですから、大ケガということも考えられます。そうなる前に、さようならをしました。 これまでのヌートリアとの出会いを振り返ってみると・・・・ ・芦田川やその流域で頭だけ出して泳いでいる姿を見て・・・「エッ!まさかカワウソ!?」なんて思っていた時期。(※川で泳いでいるし、名前の由来はスペイン語でかわうその皮「ルートラ」が訛って「ヌートリア」だそうですから、まんざら見当違いでもないかな(^^ゞ???) ・芦田川の支流の高屋川にかかる橋げたのところにヌートリアの家族が巣を作っていた時季がありました。ちょうど通勤経路でしたから、毎朝のように家族の様子を観察していました。ひなたぼっこをしていたり、周囲を泳ぎ回っていたり、色んな姿を見させてもらいました。何しろ小さな橋の下なので、真上からも観察できるし、少し離れて斜めからも観察できるし、ほぼ毎日見ることができるしで、飽きるほど観察させてもらいました。 ・芦田川の河口付近でカヌーを楽しんでいるときのこと、目の前をゆったりと泳いで行って中洲に作られた巣穴に入って行きました。 ・そうそう、チョコエッグの中からヌートリアがでてきて( ・_・;)ということも それでは、ヌートリアって何?と思っている皆さんのために、少しうんちくを・・・ ヌートリア:齧歯目ヌートリア科 南米原産の世界最大の齧歯類(げっしるい・リスやネズミの仲間)の一種。学名 Myocastor coypus 野生のヌートリアは、南アメリカのブラジルからアルゼンチンにかけての河川に分布しているねずみに似た動物で、小型犬ほどの大きさをしています。夜行性の草食動物で仲間同士で争うことは無く性格は極めて温和。 日本には、1939年に毛皮と肉を得るために、養殖用に持ち込まれました。ところが、そんなに良い毛皮が取れるわけでもない(水辺の生活に適応していて内側の毛は柔らかくて防寒用に良いと言う話しも聞きましたが・・・)し、肉もそんなにおいしいわけではない、というわけでどうしようもなくなった業者が、野にはなってしまった(あるいはヌートリアご自身の意志で逃げ出した)ようです。 現在、西日本のあちこちの河川に住み着いているようです(岡山・広島は特に多いみたいです)が、関東にも少数ですが生息しているとの事です。 いずれにしても、帰化生物ですから既存の生態系をこわしてしまいます。農業被害を含めて嫌われ者になってしまっています。もっと先輩でゆえば、ウシガエルやアメリカザリガニ、最近ではブラックバスやジャンボタニシやミドリガメ・・・人間の都合だけで帰化生物を作ってしまうことの罪を感じます。くれぐれも、外国から来たペットや植物等を野に放つのはやめましょう。色んな不幸をもたらしてしまいます。 2002.10.18 |