10年前に、スイスの山小屋・マッターホルンのヘルンリ・ヒュッテ、メンヒのメンヒ・ヒュッテに
泊まるツアーに参加しましたが、もう一度スイスの山を歩きたいという夫の願いです。
いろいろと検討して、最後にモンブランの周囲を歩くツール・モンブランか、スイスの最高峰モンテローザの周囲を歩くツール・モンテローザに絞り、
マッターホルンを、もう一度見たいということで、マッターホルンが見えるツェルマットから始まる後者に決めました。
夫の勤務の関係で、以前からお世話になっている登山専門の旅行会社「アトラストレック」の8月13日出発のツアーに申し込むことにしました。
すると、私の中学時代からの親友・Tも行きたいということで一緒に申し込みました
ツール・モンテローザについて事前に調べたいと思っても、まだ情報が少ないです。トレッキングコースがスイス、イタリアに跨っているため、スイスの地図ではイタリア側が分かりません。
幸い、富士国際旅行社にTMRの地図があると分かって送っていただき、全体像を調べることができ、準備万端整いました。
ところが、申し込み時期がSARSの流行と重なって人は集まらず、ツアーは中止になってしまったのです。
でも、個人旅行としてなら、8月13日出発で手配できるということなので、天候急変時の対応や3人より4人の方が楽しいのではと現地ガイドを付けてもらって出発することになりました。
モンブランやマッターホルンが独立した山であるのに対して、モンテローザは、デュフールスピッツ(4,635M)を最高峰に、4,000M以上のいくつもの頂を持つ山群です。
8月13日
成田空港9時40分発のルフトハンザ航空でフランクフルトへ向けて出発、フランクフルトで乗り換えてジュネーブに向かいます。
7時間の時差で、同日17時40分着。
ジュネーブ空港で神田さんの出迎えを受け、彼女の車でシャモニーへ向かいます。
シャモニーは24年前、10年前と3度目です。
今年のヨーロッパは例年にない猛暑とはニュースで聞いていましたが、シャモニーへ向かう道の両側の緑は黄色く、
山の木々も枯れたものが目立ち、まだ8月も半ばだというのに秋の景色です。
7時過ぎに夕立があって、車窓から外を見ると虹が出ていました。それまでの気温は38℃だったのが、16℃まで下がったそうです。
シャモニーに近付いて、エギュードグーテが黒い姿を現しました。でもモンブランはまだ見えません。
パークホテル着。
夕食は飛行機の中で済ませてあります。
明日からのトレッキング用の持ち物をザックに詰め、スーツケースに入れてホテルに残すもの、
そして、途中マクニャ−ガでガイドが交代するので、その時、持って来てもらういくらかの着替えの荷物と分けてから就寝。
でも、この重いザックを背負って、8日間歩けるでしょうか。ちょっと心配!
8月14日
6時起床。
部屋の窓から外を見ると目の前にモンブランが聳えていて、エギュード・ミディが見えるではありませんか。朝食前にTと散歩に出て
モンブランの景色を写真に撮りました。
7時朝食。パンが美味しい!大きなクロワッサンとバゲットです。
朝食を摂っていると、ガイドの佐々木亜津美さんが来ました。
まるで少年のように細く引き締まった体つきのお嬢さんです。
今日はティッシュまで車で行って、登山電車に乗り換え、ツェルマットからトレッキングが始まります。
そのため、トレッキングの服装で登山靴を履いて出発です。
8時、車でティッシュへ向かいます。ローヌ川の源流を遡り、両側にはブドウ畑が山腹まで続いています。
途中、ルイク近くに来ると、山から煙が見えます。そのうち炎も見えてきて、どうやら山火事です。
ヘリコプターがタンクを運んでいて、ずっと先を見ると焼け跡が見えて、もう前から火事は続いているようです。早く鎮火することを祈りつつ進みます。
ザースフェーへ行く道との分岐点をツェルマット方面へ取り、進んでいくと、姿の綺麗なブライトホルンが見えてきて、マッターホルンもちらと見えました。
ティッシュで、10時10分発の登山電車に乗り、ツェルマットへ。クライン・マッターホルンのゴンドラ乗り場へ行く道の途中には、10年前に泊ったホテル・アレックスがあり、
レース類をたくさん買ったお店もあります。教会前まで来ても、マッターホルンの山頂は雲がかかっていて残念です。
スーパーでトレッキング用にペットボトル入りの水を買って、街とマッターホルンをバックに記念撮影をして、ゴンドラ乗り場へ急ぎます。
乗り場で、山岳ガイドのリチャードさんが待っていました。佐々木さんはスキーガイドの資格があるのですが、
「スキーコースの外を歩く」時は、山岳ガイドが必要だそうです。
ロープウェイを乗り継いで、クライン・マッターホルン(3,840M)へ。
この上の展望台・3,883Mまでは10年前に来たところです。
今回も、展望台まで行きたかったのですが、空模様が怪しくなってきたので、急いで氷河を下ることになりました。
リチャードさんを先頭に、夫、私、T、佐々木さんと、まるでロッククライミングをするようにザイルで繋がれました。
ここからイタリアとの国境・テオドールパス(3,301M)まで、500Mの高度差を下るのですが、氷河の上をストックを突いて、歩きます。
初めはわりと歩き易かったのが、所によっては氷河が溶けて沈みます。そのうち凍ったところもあって、歩くのに苦労します。
これなら、私の腕前でもスキーで滑り降りた方が楽だと思いました。
リチャードさんは途中休む気配もなく下りるので、私は写真を撮りたくてストップをかけました。何でも雷が来そうなので、早く下りたいそうです。
やっと2、3枚撮ると、また歩き出します。ところが今度はリチャードさんが「Piss!」と言って急に止まります。
これは「Most important thing」だそうです。確かにそうです。
前方を見ると、マッターホルンとテオドールパスが大きく見えます。急いでマッターホルンとテオドールパスをバックに、佐々木さんに写真を撮ってもらいます。
氷河がなくなって、地面が現れて、氷河越えは終わりました。リチャードさんと記念撮影をしてお別れしました。
今度は佐々木さんが先頭になって、スイス・イタリア国境・テオドールパスを超えて、プランメゾンまで下ります。
草原に枯れたような大きなアザミが群生しています。花を探しながら下ります。今年は猛暑のため、高山植物の花も早く咲いてしまって、
例年より花々が少ないそうです。
プランメゾンまで下り、そこで、遅い昼食を摂るのですが、全員疲れて食欲がなく、ミネストローネとメロンの生ハム巻きを分け合っていただきました。
そうこうするうちに、マッターホルンがほとんど頂上まで見えてきました。イタリア側からのマッターホルンは全く姿が違います。
ここからはゴンドラでチェルビーニア(イタリア語でマッターホルンはチェルビーノ)まで下ります。途中、マーモットの鳴き声がして、眼下に穴に入ろうとする姿が見えます。
チェルビーニアのスーパーで、明日の昼食用にパンとハム、それにバナナと桃を買いました。飲み水は水道水でよいそうです。
ホテル・ヨーロッパ着。
ホテル・ヨーロッパは4星ホテルです。荷物をなるべく少なくするため、ホテルやちょっとした外出ための靴は軽くてペちゃんこになるもの、そして軽くて薄いスカートを持って来ました。
ディナーは7時からで、まずアペリティフの係りが来て、注文をとり、水を頼みました。ここではミネラルウオーターでなくてよいのだそうです。
次にお料理の注文を取りに来ます。ああそうです、パックツアーではなく、個人旅行になったので、チョイスが必要なのです。
私は個人旅行の時は、前もってその国の料理名を調べていくのですが、
今回は、それをしていません。幸い佐々木さんが語学が堪能なのでお任せして、翻訳してもらって選びました。次にソムリエがワインリストを持ってきて、
折角ですから、この地方、アヤス谷の地ワインをボトルで注文しました。
疲れとワインの心地よい酔いで、ぐっすりと眠ってしまいます。
8月15日
今日の行程は、チェルビーニアからブランメゾンまでロープウェイで上がり、花の綺麗なグイエット湖へ。
その後、2,982Mのチーメビアンケ峠を越え、ブライトホルン南面に位置するアヤス谷の静かな町・サンジャックへというものでした。
5時15分起床。8時の出発時間になって、雨が降り出し、レインウエアーを着て出発。
ゴンドラ駅に来ると、雷が鳴っているので、チケット販売は雷がおさまるまで中止ということです。
4人でおしゃべりしながら待っていたら、9時半になってチケットの販売が再開しました。でも、草原を歩くのでは雷が心配なので、
グイエット湖を通り越して、ブランメゾンの上のビアンケ・ラージ駅までロープウェイで昇ることに決めました。
着いたら、幸い雨も止んでウエアーを脱いで歩き始めました。
グイエット湖が眼下に見え、昨夜雪が降ったのでしょうか、うっすらと白くなっているマッターホルンはやはり頂上が見えません。
2,982Mのチーメビアンケ峠まで登り、休憩。もうマッターホルンとはお別れです。マッターホルンをバックに記念撮影。
行く手の眼下にはグラン湖が見えます。グラン湖まで下ると陽気なイタリア人のグループがはしゃいでいます。「ボンジョルノ」と挨拶して通り過ぎようとすると、
呼び止められました。彼らはワインを飲んでいて、私にも飲みなさいと、鹿袋のワイン入れを渡してくれました。
口をつけずにワインを飛ばせて口に入れるのです。イタリアの方たちが喜んでくれました。
佐々木さんの話では、彼らは私たちとは逆周りのツール・デュ・モンテローザ終了間近で祝杯を挙げていたようです。
大きなカウベルを付けた牛が放牧されている草原へと下っていき、牛さんたちに挨拶して通り過ぎます。12時15分から、昨日買ったお弁当で昼食、45分出発。
13時45分、アヤス谷の見える最後の高台で休憩。
樹林帯を通って、14時45分、サンジャックとの分岐点、フィアリーで谷底のサンジャックの村を眺めます。
雨が降ってきました。ここから、レジーのロッジ・フェラーロまでは、高度差250M、45分間の登りです。3人は傘をさして登るというのですが、私はレインウエアを着て登っていきました。雷が来ないうちにロッジに着きたいという思いもあって、
これはきつい登りでした。
15時45分、標高2,074Mのフェラーロ着。
ロッジには、もう既に泊り客がおおぜい着いていて、コーヒーやビールを飲みながら談笑していました。
ロッジの私どもの部屋は4階にあって、2段ベッドが2台の4人部屋で、不織布のシーツと枕カバーがポリ袋に入れられておいてあります。
トイレ、シャワーは3階にあります。
8月16日
6時起床。
8時、2,074Mのフェラーロを出発。ベッタフォルカ峠2,672Mへ向けて登り、10時20分着。
峠から展望を楽しんだ後、下り始めると左手にカストール、ポールックス、リスカム・オキシデント、リスカム・オリエント、ピラミッドビンセントが姿を現しました
。
スタヴァルからゴンドラを利用しても登って来られるので、今日は日曜日ということもあって、家族連れがおおぜい来ています。
ここでも「ボンジョルノ」と声を掛け合います。私たちは長袖に長ズボンといういでたちですが、彼らは半そでに半ズボンが当たり前で、
女性達にはブラジャーと短いショートパンツという格好も多いです。転んだらどうするのかしらと心配になります。
11時45分、佐々木さんによると標高2,304Mだそうで、グレッツネイの谷が見えます。そして谷の向こうは急な登りになっていて、こちらと同じくらいの高さに集落があって、今夜のロッジは、その中の1軒だそうです。
ここから、谷間のスタヴァル約1,800Mまで500M下ります。
スタヴァルのレストランで昼食。まず、ソフトクリームを食べて、お料理は、ラビオリ、ラザニア、トーモロコシの粉を煮たポランタを一皿ずつ注文して分け合います。コーラが美味しい。
また佐々木さんが出してくださった鹿肉のサラミソーセージが大変美味です。
スタヴァルから、目差すロッジ近くまで、ゴンドラがあるのです。でも、私どもは歩いてまいります。
ここからは、約500Mの登りになって、ロッジ・ガビエット2,357Mへ向かいます。ゴンドラが斜め上空を通っていきます。途中、佐々木さんが「この辺りには鹿がいますよ」と指差すと、本当に鹿が現れました。
面白い形をした山が見えてきました。あの山の麓にロッジがあるそうです。
16時20分、ロッジ・ガビエット着。
このロッジでも4人部屋で、今度は同じ階にシャワーとトイレがあります。
夕食にはグレッソニー谷のワインをいただきました。
8月17日
6時起床。ロッジの奥にあるガビエット湖まで散歩。ヤナギランが綺麗に咲いていて、ヤナギランを入れて山とロッジの写真を撮りました。
ロッジに戻って、出かける準備をしていると、初老の紳士が写真を撮ってあげましょうと申し出てくださって、全員の写真を撮る機会が少ないので撮っていただきました。
そして8時20分出発。ここからも登りです。ずっと登っていくと、ロッジがありました。すると、そこに先ほど写真を撮ってくださった方がいらっしゃるではありませんか。なぜ、私たちより先にと首をかしげていると、
そこまでゴンドラがあるのです。「アルデベルチ」と挨拶して通り過ぎました。
10時10分、オレン峠、2,881Mまで登りますと、岩肌に聖母子像画があります。その前を通って、更に11時、サラーティ2970Mのゴンドラ乗り場の前を通って、
シュトーレンブルク3,202Mをロープを伝いながら巻いて登って、そこから100Mほど下って、また登って、
12時50分、モンテローザ山群の南の展望台ブンタインドレン3,260Mへ到着しました。
でも、残念ながらガスでモンテローザは見えません。
展望台にレストランがあって、カフェテリア形式です。私たちそれぞれがトレーを持って、一人がスープ2、次がラザニア1、また次がパスタのトマトソース1と注文していくと怪訝な顔をしています。
それで、ガイドが私たちは日本人でイタリア人ほど沢山食べられないので分け合って食べますというと分かってくれたようです。そして、スタヴァルから歩いて登ってきたことが分かると、ニコニコと愛想よくなりました。
日本人は珍しいようです。
ビールはそれぞれが注文して、ケーキはまた分け合っていただきました。
ブンタインドレンからは、ロープウェイを3回乗り継いでモンテローザの南のセシア谷に位置する昔ながらのたたずまいを見せる町アラーニャまで下ります。
15時、アラーニャ(1,168M)、ホテル・モンテローザ着。
ホテル・モンテローザは三ツ星ホテルです。部屋は家族用らしく二部屋続きで、一方はダブルベッド、もう一方はツインベッドで、それぞれの部屋に折りたたみ式の簡易ベッドが付いています。
私どもは、そのツインの部屋を使います。ヨーロッパの人たちは家族で1週間くらい滞在するそうです。でも、シャワーだけでバスタブはありません。お風呂に入りたいです!
ホテルの前に教会があって、部屋から入り口が見えます。6時からミサが始まるようで、
私も中に入りましたが、ステンドグラスや壁画もあって立派な教会です。
8月18日
19日は途中、レストランがないので、お弁当を用意しなければなりません。朝食後、町を散歩して食料品店で、グリッシールに、鹿肉のサラミ、チーズ、それにお菓子を買いました。
今日の行程はモンテローザの南、アラーニャの町で午前中ゆっくりした後、バストーレ小屋へということでしたが、
佐々木さんによると、パストーレ小屋から登ったところに、モンテローザがよく見える集落があってレストランもあるということです。
それでパスト−レ小屋登り口まではバスがあるので、バス道はバスで行くことに変更しました。
10時のバスに乗って20分ほどで、パストーレ小屋への登り口に着きました。花々が咲く山道を登っていくと、屋根付きの橋があって、急に開けてパストーレ小屋に着きました。
荷物を置いて、山道を1時間ほど登っていくと、石造りの家が5、6軒あります。草原では牛たちが遊んでいて、子牛が母牛の後を追っています。そのカルデニアのレストランで昼食にします。
料理の種類は少ないので、ビールにポランタ、それにハム、ソーセージですが、ここのポランタにはソーセージと茸のクリームソースがかけてあって、美味しいです。
ここから、プンタビンセント、ジョルジーニ、ツムスタイン、パロ、ニフェッティが見えるはずなのです。
私たちの他にも4人いてワインを呑みながら待っているようです。
残念ながら、いつまで待っても次々と雲が湧いて、パロ、ニフェッティはトップが見えません。
しかたなく13時15分小屋を出て、14時にパストーレ小屋(1,576M)に戻ると雨が降り出しました。
小屋のレストランで山々を眺めながら、バン・ショ(ホットワイン)を楽しみます。戸外ではドイツの青年達が裸でビールを飲んでいます。
佐々木さんが高山植物の小さな図鑑を持ってきて、それで今まで遭ってきた花々の名前を調べますが、学名だけで日本名がないのも多いです。
パストーレ小屋といっても、部屋は5人部屋で独立していて、共同のシャワーとトイレは別棟にありますが、
夜中もライトが点いています。トイレも清潔で設備がよいです。
8月19日
朝、目が覚めて、外に出ると山がくっきりと見えます。昨日見えなかったニフェッティも見えます。
プンタビンセント、ジョルジーニ、ツムスタイン(4,563)、パロ(4,436M)、ニフェッティ(4,554M)。
6時24分、山々が赤みを帯びてきました。次第に赤みが増してきてモルゲンロートに染まります。その光景を感動して眺めていました。ふと昨日の雨でできた水溜りをみると、山々が逆さに映っているではありませんか。
「逆さモンテローザ」と写真に収めました。
今日の行程は、パストーレ小屋・1,576Mから1,200M登って、トゥルロ峠2,738Mを越えて、そこから1,400M下って、
モンテローザの東壁を望むピエモンテ州アンザスカ谷の最奥の
村・マクガーニャ、1,320Mへ向かうという一番ハードなものです。でも、素晴らしい光景を眺めて元気いっぱいです。
7時20分出発、300M登って、8時20分、1,880M地点で休憩、今度は200M登って、2,120Mで休憩、また300M登って、
10時40分、2,430Mで休憩、11時40分、トゥルロ峠・2,738M到着。ここにもマリア像があります。4人が座れる場所を見つけて、昼食。
12時30出発しますが、今度は長い下りです。トゥルロ峠の標識に「マクニャーガへ4時間」と書いてありました。
13時10分、300M下り、13時30分、2,295Mの地点に。14時30分、1,965Mの地点に。
それでも、トゥルロ峠までの登り道は、ローマ時代に兵隊たちがアルプスを越えるために造ったのではないかと思われる石畳で、その隙間から白いヒナギクやカンパニュラが顔をのぞかせて、気分的にも歩き易かったです。
トゥルロ峠を越えての下りは歩きにくく、また長い長い道でした。
マクニャーガの入り口にあるフェー湖が見えているのに、行けども行けども近付かない感じです。
16時50分、やっとフェー湖に着いて、湖畔のレストランで休憩、コーラやアイスクリーム、ビールをいただき、コーラ、アイスクリームが美味しかったです。
湖からはタクシーでマクニャーガ(1,320M)へ。
ここで、佐々木さんとはお別れです。明日からツール・ドゥ・モンブランの仕事が入っているそうです。よく気がついて、いろいろと調べてアドバイスしてくださって、
本当に楽しくトレッキングできました。名残り惜しくお別れしました。
ホテル・フローラに着いて、これからのガイド・西浦博文さんを紹介されました。
ホテル・フローラの部屋も家族用の二部屋続きで、今回はそのシングルの部屋をTが、ツインの部屋を私どもが使います。やはり、バスタブがありません。
8月20日
今日はマクニャーガ滞在日です。
マクニャ−ガはスキーリゾートの村で、ホテルがたくさんあります。それぞれのホテルの窓には花が綺麗に飾られています。
観光客がおおぜい歩いていますが、日本人には会いません。
10時30分、村の外れからリフトを乗り継いでベルベデーレまで行き、そこからモンテローザが間近に見える
ザンポーニザッパ小屋(2,070M)まで歩いて登っていきます。アルペンローズがたくさんあるのですが、花は終っています。 花の時期はピンク色に染まってどんなに見事でしょう。
小屋で昼食を摂ってから、大きな岩に横たわっていたらモンテローザを眺めながら、眠ってしまいました。
西浦さんが野生のブルーベリーがあるというので、私も摘んで食べましたら、甘かったです。
リフトで麓まで降りたところに、ジェラードのお店があって、その木陰でラズベリーとクリームが乗ったアイスクリームをいただきました。
マクガーニャ泊
8月21日
朝起きると素晴らしいお天気です。外へ出ると、昨日見えなかった山々がくっきりと見えます。
ニフェッティ(4,554M)、ツムシュタイン(4,565M)、最高峰のデュフールスピッツ(4,635M)、ノルトエンド(4,609M)などです。
夫は早速スケッチを始めました。
予定では、早朝マクニャーガを出発して、歩いてイタリア・スイス国境のモンテモロ峠まで登ることになっていましたが、この山が見えるうちに
モンテモロまで登りたいので、ゴンドラで登ることにしました。
9時出発。ゴンドラから見る山々は昨日とは打って変って、くっきりと綺麗です。
9時20分、モンテモロに着いて、そこからは急な岩場をロープを伝って、国境のモンテモロ峠(2,810M)まで登ります。
見上げると峠に金色の女神像がイタリア側を向いて立っています。
これ、雨だったら滑って登るのが大変だろうと思いました。
スイス側を見ると眼下にマットマーク湖が見え、前方にはスイス側の山々が見えます。
記念撮影をして、イタリアに別れを告げて、スイス側へ下ります。
スイス側から登ってくる人が多いです。このあたりはドイツ語圏だそうで、「グーテンターグ」と挨拶したら、「ボンジュール」と返ってきたり、「ハロー」と返ってきたりで
、それなら「こんにちは」と挨拶することにしました。そうしたら「さよなら」という人もいましたよ。でも、ツール・デュ・モンテローザを通しで歩く人は少なく、マクニャーガまで行って
バスで戻ってくる人が多いそうです。
マットマーク湖(2,197M)まで下り、湖の右岸を歩いて、対岸の氷河を見ながらダムまで歩きます。ヤナギランも綺麗に咲いています。
13時15分のポストバスに乗りたかったのですが、着いたら出たところでした。バス乗り場のレストランで昼食。
スイス料理で、スープは、それまではミネストローネでしたが、初めてポタージュになり、夫は喜んでいました。
14時15分のポストバスでザースフェーの町へ向かいました。
サースフェーはスイスの真珠といわれる綺麗な町で、ツェルマットと同じように電気自動車だけです。
ホテル・ミシャベルに着いて、荷物を置いて、ミッテルアラリン展望台へ登って、360度のパノラマ景色を見ることにしていたのですが、時間が遅く、
チケット売り場で、今からでは下りの最終のゴンドラに間に合わないと云うことなので、途中のフェルスキン3,000Mまで登ることにします。
氷河の傍まで行って、触ってきました。
ホテルへの帰りには、街を散歩して、家に鼠が上がらないように家の土台がねずみ返しになっている家々が集まっている集落を見て、
ここで初めて日本人観光客に会いました。
ディナーの後、部屋に戻ろうとすると、西浦さんが、このホテルにはインターネットに接続した無料のパソコンがあるというので、
喜び勇んで使ってみることにしました。
ただ、イスは置いてなく、何となく不安定です。そして、
キーボードのアルファベットがドイツ語に都合がよいように配置されていて、またキーの説明もドイツ語のため分かりにくかったです。
IEは5.5で、Hotomailのサイトを開き、このような時のために取得しておいた私のページから、hotmailのメールアドレスで、簡単な英語のメールを送りました。
また、私のサイトを開いて、さろんにも簡単な書き込みをしました。サイトが文字化けしていないので、ひょっとしたら日本語で打てたのかもしれませんが、
ガイドは日本語で打てないと言っていました。
ホテル・ミシャベルにはバスタブがあって、本当に嬉しかったです。
山々に囲まれたサースフェーにて、ツール・デュ・モンテローザは終了しました。
8月22日の朝、アラリンホルンが美しく輝いていました。
モンテローザに別れを告げて、スーツケースを置いてあるシャモニーへ戻ります。
地図は市原芳夫著「スイス アルプス 山歩き・花紀行」(本の泉社)掲載(P188)のものを使わせていただきました。
シャモニー・モンブランのページへ
モンテローザ花々のページへ続きます。
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