ロシア旅行

ロシア旅行

1998年8月20日から27日までロシアへ行ってきました。
何年も前に、アンリ・トロワイヤ著の「女帝エカテリーナ」を読んで以来、 そして5年ほど前でしょうか、ソビエトからろロシアに変わってすぐ、 東京麻布にあるロシア大使館(中は大変豪華です)に招待されて、 エルミタージュ美術館の複製画展を見て以来、どうしてもロシアへ、特に サンクトペテルブルグへ行ってエルミタージュ美術館を訪れなくてはと思って きました。
そのロシア大使館の傍に友人の家があり、ソビエト時代から大使館の前を 通っていたのですが、ソビエト時代は、いつも装甲車がいて、機動隊が警備し ていて前を通るのも、恐る恐るという感じでした。ですから、その大使館に 入ることがあるとは考えてもみませんでした。
大使館のホールには、大変立派なシャンデリアが10個ほどぶら下がっていて、 大きな部屋ですが、それでも大きさと言い数と言い、ちょっと不釣り合いな 感じでしたが、ロシアに行って、いろいろと宮殿を見て、納得しました。

近年、政情不安のためか、ロシアへのツアーが少ないです。
昨年も、探して、サンクトペテルブルグが入ったツアーはあるのですが、 モスクワはないに等しく、JTBのツアーだけでした。

20日、初めて関西空港からの出発で、フィンランド航空でヘルシンキへ。
機体にムーミンの絵のあるムーミン機でした。
ヘルシンキでトランジット。ムーミンのぬいぐるみを孫に買い、夜10時過ぎモスクワ入りしました。

ホテルは「コスモス」で、私の部屋からは全ロシア展覧会センター、オスタンキノ 宮殿、オスタンキノ・テレビ塔が、一望の元に眺められます。

21日、モスクワ観光。
まず、赤の広場へ。 テレビで、モスクワからの中継というと出る、あの葱坊主の聖ワシリー寺院 の前を通り、広場に入りました。赤は美しいと言う意味だそうです。 ロシア最大の広場で、正面には歴史博物館、左手にレーニン廟、右手にグム 百貨店などがあります。

モスクワで一番高い雀が丘に行き、モスクワ市内を一望しました。
ここには巨大な建物のモスクワ大学があります。

午後は、クレムリンをトロイツカヤ塔から入り、 エリツインの執務室の前も通り、大砲の王様、鐘の王様を見て、サヴォルナヤ広場へ行き、ウスペンスキ ー寺院を見物しました。
ロシアの宝物が陳列されている武器庫を見学できなかったのが残念です。

アルバート通りの歩行者天国には露天が沢山あって、エリツインのマトリョーシ カを値切って買ったり、ホマロフ塗りのナフキンリングを買い、アイスクリー ムを食べながら歩きました。そのアイスクリームの美味しかったこと!
夜はボリショイサーカスを観ましたが、さすが技量がすごいです。

22日、「黄金の環」へ
モスクワの北東に位置し、ロシア正教会が点在し、ロシア中世の面影を残し、ロシアで最も美しい「黄金の環」と呼ばれる地方へ、バスで向かいました。
セルギエフ・パサードで、トロイツエ・セルギエフ大修道院を観光しました。ここには、様々な形態の建物があります。
ここはマトリヨーシカの本場でもありますので、マトリョーシカを 買い、ちょっと入ったお店でグジェリのテイポットを見つけて、母のお土産に 買いました。
次のウラジミールまでは何処までも続く森林で、後ろの方が「何か有効に 活用すれば良いのに」と言っていました。ウラジミールの観光を終え、 スズダリへ向かいました。
道の両側には、真っ赤な実をたわわに付けたななかまどの並木が続きます。
今度は、地平線まで続く農地です。本当に広いです。
また後ろの方「どうやって耕すのだろう、どうやって種をまくのだろう。 肥料は?刈り入れは?」日本人の想像を超えています。後ろから 「これだけ広くては活用しきれないわなあ」。私も同感です。
また、通りには、19世紀に立てられた木造の農民の家が続きます。
彫刻で彩られています。修理のできた家、あまり手を入れてない家、様々でし た。

スズダリは、ユネスコの世界遺産にも登録されている牧歌的な美しい町です。
スズダリのホテルは、そのはずれにあるツーリストセンターで、部屋はスイー トルームで、サロンとベッドルームに、トイレとバスルームが別になっていて 真っ赤なビロードのソファーセットに、お揃いのベッドカバーで、一人で泊る のは勿体無いです。でも、洗面所に栓がなく、持って来たゴルフボールで栓を しました。
9時になっても日が落ちませんので、夕食後ホテルの周りを散歩しました。 夢のような景色です。

翌日23日、スズダリの観光ですが、
寺院、修道院など、今までの旅行では馴染みのないいろいろな形態の建物が点在します。本当に美しい町です。

モスクワへの帰り、この日は日曜で、みんな郊外の別荘から車で帰るのに ぶつかり、広い道も渋滞でした。その運転マナーが悪く、日本では考えられな いような無茶な割り込み方をします。そんな訳で予定より大分遅れて、 モスクワに着き、閉店寸前のグム百貨店へ行きました。
何か記念に買いたいと少し見て、グジェリのお人形を見つけましたので、 買おうとしましたが、閉店5分前でしたが、もう終わったと売ってもらえませ んでした。
その後、有名な地下鉄に乗ることになりました。
グム百貨店近くの駅から2ルーブルでジェトンというコインを買い、入りました。長くて早いエスカ レータでホームに下りましたが、話に聞いていた通り、宮殿のようなホームで す。駅駅で写真を撮り、二度乗り換え、元の駅に戻りました。
ホテルで夕食を取り、寝台特急「赤い矢」に乗り込み、 サンクトペテルブルグに向かいます。
私は、9年前ヴェニスからパリまで、娘とオリエンタル急行に乗りましたので どうしても比べてしまうのですが、前は1等、今度は2等ということもあり、 これは比較になりませんでした。

24日、朝8時25分サンクトペテルブルグに着き、ホテルで朝食を摂った後、 スモーリヌイ修道院、派手な葱坊主のスパースナクローヴィ聖堂、聖 イワン寺院など市内観光。

午後、郊外、プーシキン市のエカテリーナ宮殿観光
女帝エカテリーナの夏の離宮で、日本の漂流民、大黒屋光太夫は、この宮殿で エカテリーナ二世に謁見しました。
たいへん繊細で優雅な宮殿で、それは想像を絶するほどです。
琥珀の間は、内装全てに琥珀が用いられ、世界の奇蹟と称せられましたが、 ドイツ軍が撤退した時、何も残っていず、今でも行方不明だそうです。
王冠の間は、金箔で飾られ、まばゆいばかりです。
金を使い、壁紙は、ものすごく繊細な絹織物なのです。
ここは第2次世界大戦で破壊され、焼けてしまったそうですが、1957年から 再建され、シルクの壁紙も、保存されていたものを参考に元どおりに復元して いるのです。

ホテルは、ヴァシリエフスキー島のプリバルチースカヤ、巨大なホテルです。
でも部屋からは、何とバルト海、フィンランド湾が見えるではありませんか。
夕食後、フィンランド湾の海岸まで行き、サンセットを楽しみました。

25日は、憧れのエルミタージュ美術館へ。
エルミタージュ美術館の建物、インテリアは、今迄に訪れたヴェルサイユ宮殿や シエンブルグ宮殿よりも、はるかに華麗で優雅です。
私が、ロシアを訪れて意外だったのが、私には、それまでロシアと言うと、 タフで、無骨というイメージでしたが、宮殿の華麗さ繊細さには驚きっぱなし でした。
パビリオンの間など、その極致です。ただただ驚いていました。
ダビンチの「マドンナ・ヌベア」、私の大好きな「マドンナ・リッタ」、そして ラファエロの「コネスタビルのマドンナ」に会うことができ ロシア大使館で見た複製画の本物を、見ることができました。
革命直前に、ピカソ、マチスの絵も相当購入しているのが分かります。
午後は自由行動でしたので、私は、午後も普通の観光では見ない部屋部屋を 見て歩き回りました。
4時10分までいて、外に出て宮殿広場を凱旋アーチまで来ましたら、同じ ツアーの方とお会いして、写真を撮ってもらい、ネフスキー通りを歩き、地下 鉄の駅に行きました。
ここでは、1.5ルーブルで、この駅はホームがエレベーターのように電車がホームに入るまで見えません。 入ってきて初めて扉が開くのです。
また、夜は、古いアレキサンドリンスキー劇場で、バレー公演「ジゼル」を 観賞することができ、最高に幸福な1日でした。

26日、ピヨトール宮殿観光。
ここは、ピヨトール大帝がフランスのベルサイユ宮殿を夢見た宮殿ですが、 噴水宮殿とも呼ばれる通り、様々な噴水が水飛沫をあげる美しい庭園を持ち、 インテリアも、ベルサイユ宮殿以上に、ため息が出るほど華麗です。
私の好きなエカテリーナ二世の肖像の前で写真を撮りご機嫌でした。
第二次大戦で爆撃を受け、大破したのを、終戦後すぐ復興にかかったというの は意外でした。1958年までに復旧されました。
スターリンの時代にロシア帝国時代の遺物の宮殿を、お金をかけて修復してい るのです。
金ぴかの部屋が続く中、ピヨトール大帝の書斎は金が使われてなく樫の木でで きていて、なるほど大帝も金ぴかの部屋では落ち着かなかったのだとおかしく なりました。

昼食後、帰国の途につきました。

サンクトペテルフブルグは、「弁当忘れても傘忘れるな」と言われるほど、 雨の多い所だそうですが、本当に奇跡的とも思えるほどお天気に恵まれ、 豊かな旅行でした。
ロシアは、ニュースで見る印象とは違い、落ち着いていて、何と言っても 食べ物の美味しい国です。
お料理は、オードブル、スープ、メインデイッシュ、デザートの献立で、繊細な感じで、野菜がいっぱいで、何処も美味しかったですねえ。
4年前のドイツ、東欧の旅行では、ソーセイジ、肉にじゃがいもなど、おおざ っぱな献立で、ツアーの殆どの方が残していましたが、今回は、皆さん美味し いと殆ど残さず、召し上がっていました。
茹で卵が何とも言えず美味しく、ミルクが美味しい。鶏肉、牛肉類が美味しい。
卵とミルクが美味しいから、アイスクリームが美味しい。
数々の宮殿、ロシア正教の寺院を見て歩き、フランス、中国もそうですが、 これだけ贅を尽くした建造物を造り、国民はどれだけ搾取されていたかに、 思いは行き、革命は起こるべくして起きたという印象です。
また、私は革命後は宮殿などは放置されていたのかと思っていましたが、 スターリン時代に、莫大な費用を使って修復再建していたのが意外でした。
それでは、ロシア国民が裕福になれないはずです。
スペインのバルセロナの、まだ建築中のガウデイの聖家族教会は観光客の入場料で 建築を続けているそうですが、ロシアも、もっと観光に力を入れないと勿体無いと思いました。
1999年6月改訂