
新市で、3年半義母の世話をして来て、夫の妹たちには愚痴一つ言わず、
私から義母の世話を頼んだこともありませんでした。そうしましたら、
この夏は、妹たちが交替で母の世話をしたいと言ってくれました。
この際、ありがたく感謝して、夫婦揃っての休暇となりました。
それで、7月30日から、夫とトルコヘ行くことにしました。
トルコ旅行は3年前に申し込んでいて、義父の急死によりキャンセルしたことがあり、
夫と一緒の海外旅行は4年ぶりです。
帰国して10日後、トルコで地震があり、あまりの多くの死傷者に心を痛めています。
亡くなった方のご冥福を祈り、被災地の復興を願いながら、この紀行を書いています。

7月30日、関空からトルコ航空で発ちました。
関空発の「イスタンブール行き」トルコ航空はヨーロッパへ行く時通る空路より、少し南を通ります。
北京、ゴビ砂漠の上空、バルハシ湖の北側を通り、アラル海、カスピ海を横断し、
カフカス山脈の上を通って黒海をかすめて、イスタンブールに到着。
よく晴れていて、全て見ることができ、飽かず眺めていました。
これは、シルクロードの上空ではないでしょうか。一昨年、西安の城壁の西門から、そこから始まるシルクロードを
眺めましたが、空から見ても何処までも続くゴビ砂漠を見て、らくだで旅するのは、
どんなに大変なことだっただろうと感慨に耽りました。
夜、イスタンブールに着き、国内線に乗り換えてアンカラへ、イスタンブールの夜景が
宝石を散りばめたように綺麗でした。アンカラで一泊。
7月31日、バスでカッパドキアへ。
途中、塩湖を見て、沿線には小麦畑、ひまわり畑、そしてスイカ、メロン畑が、何処までも何処までも続いています。
ヨーロッパの田舎は教会を中心に集落がありますが、ここでも、モスクが中心に
あるようで、村が近づくと遠くからミナレット(塔)が見えてきます。
まず、地下都市・カイマルクへ
1964年に発見された地下8階の巨大な地下都市。
キリスト信者が、イスラム教徒の迫害を逃れて、隠れて信仰を護り、住んだ都市。
地下8階からなっていて、観光できるのは4階まで。
家畜小屋、礼拝堂、キッチン、食料貯蔵庫、個人住宅に分かれている
学校、病院は、地上から安全な地下8階にあったそうです。
ギョレメ、ユルギュップ、ゼルベなど、
カッパドキアを代表する奇観のキノコ岩が連なる地域へ。
これは壮大な不思議な眺めです。そして奇岩群が、人里離れた所にあるのではなく、人間が身近に活用して住んできたことに
感動します。
ラクダそっくりの岩もあります。
洞窟レストランで昼食。
カッパドキア泊。夕食はバイキングで、暑さのため、食欲がなく、スイカばかり食べました。
8月1日、
途中、キャラバンサライに立ち寄り、コンヤへ、そしてパムッカレへ。
700キロの長旅でした。
ホテルはリゾートホテルで、屋外プール、温泉プール、室内プールとあり、
夕食後、その3つのプールで泳ぎました。
8月2日、パムッカレ観光。
まず、ヒエロポリスへ
ヒエロポリスとはペルガモン王国が、この町を征服した時につけた名前。
石灰棚をのぞむ丘の上に、ペルガモン王国やローマ時代の遺跡があります。
温泉が近いため、湯治に来て亡くなった人の墓地もあります。
パムッカレとは「綿の城」の意味、石灰棚の温泉が広がる景観は不思議な趣があり、
魅惑的な美しさを放っています。
石灰棚には靴を脱いで入ります。
バスでエフェソスへ向かいます。
エフェソスはセルチュクのある古代都市遺跡。
ギリシャ時代には小アジア最大の都市として君臨していて、
その当時を伝える数々の遺跡が今も比較的きれいな形で保存されています。
古代都市の中にローマ時代の体育館、共同トイレ、図書館などがあり、共同トイレは、その頃から
有料だったそうです。
イズミールへ行き、サーマル・プリンセス・ホテル泊り。
このホテルはプールもあり、素敵なホテルでしたが、お天気なのは嬉しいのですが、
何しろ暑い日が毎日続き、疲れて、泳ぐのは止めました。
8月3日、ぺルガマ、トロイ、そしてチャナッカレへ
5年前、ベルリンのペルガモン博物館で、ペルガモンのゼウスの祭壇が移築されている
のを見て、ペルガモンの遺跡を見てみたいと思ってきました。
ゼウスの祭壇は急な傾斜の野外劇場の近くにあったようで
上から眺めるだけで近づけませんでした。
アクスレピオン
ローマ時代の医療施設跡、治療には投薬のほかにも、様々な心理療法が取り入れられていたそうです。
トロイへ
ホメロスの「トロイ戦争」で有名で、シュリーマンの発掘で脚光。
紀元前3千年前からの9層になっている遺跡ですが、ここは時代の異なる市跡が
重なっているだけで、遺物はありません。
復元されている木馬に登り、記念撮影。
エーゲ海のリゾート地・チャナッカレのホテルで素晴らしいサンセントを眺めながらデイナー。
チャナッカレ泊ですが、泳ぐ時間はなく、泊まるだけで勿体無い感じ。
8月4日、いよいよイスタンブールへ
朝、チャナッカレを発ち、アジア側から、すぐフェリーで、ヨーロッパ側に渡りました。
そのため、地震の被害のひどかったイズミットの辺りは通らなかったわけです。
しばらくエーゲ海を見ながら走ります。ひまわり畑が
続き、その向こうにエーゲ海、とても綺麗な景色です。
そのうち、マルマラ海が見えて来て、沿線には瀟洒な住宅が並びます。この辺りはリゾート地なのでしょう。
また、イスタンブールが近づくと、建築ラッシュで塔のような高層マンションが多く、
地震はないのかしらと不安に思ったものです。
ローマ時代の水道橋を潜り、イスタンブール市内へ。
こちらは旧市街ですが、新ガラタ橋が見え、金角湾の向こうは新市街で、ガラタ塔が見えます。
レストランで昼食の後、歩いて、ブルーモスク、アヤソフィア、トプカプ宮殿見学。
ブルーモスクはトルコ帝国が栄華を誇った17世紀の初めにスルタン・アフメットによって
建てられ、オスマントルコ建築の極みと云われ、6本のミナレットを持ち、最も美しいモスクだそうです。
外観は質素ですが、内部装飾に使われているブルーのタイル、そしてステンドグラスが美しい。
写真を撮りましたが、高すぎて綺麗に撮れなかったのは残念!
ギリシャ正教の総本山であるアヤ・ソフィアの内部を見学できなかったのは残念でした。
トプカプ宮殿
15世紀にイスタンブールを征服したメフメット2世が建設して、今はオスマン時代の
遺物の博物館になっています。
かってのスルタンの台所は、現在は陶磁器展示室になっていて、中国、日本、ヨーロッパの
焼き物が展示されていますが、大きな製品が多く、日本の古伊万里も、日本ではあんなに大きな皿、壷は
見たことがなく、注文して焼かせたものでしょうか。
宝物館は3つの大きなエメラルドをはめ込んだ黄金の短剣や86カラットのダイヤモンド、
宝石を散りばめた玉座など、まあまあ、目をみはるものがあります。
第4庭園の奥から見る海峡の眺望は素晴らしいです。
待望のハーレムは見学できませんでした。
その後、ホテルへ行き、近くの繁華街を散策。チャイ・セットを買いたかったのですが、
そのようなお店がなく、残念。
夜はベリーダンスを見ながらのデイナー。
8月5日、ボスフォラス海峡クルーズ、グランドバザールへ
アジアとヨーロッパの間を流れるボスフォラス海峡を両岸の観光ポイントを
巡りながらクルーズ。
ドルマパフチエ宮殿の前を通り、メフメット2世がコンスタンチノーブル攻略のために築いた要塞、ルメリ・ヒサルを
通り、第2ボスフォラス橋で、Uターン。
アジア側は高級住宅地で、幾つかのオスマンの離宮と共に、プールがあり、ボートを持つ瀟洒な高級住宅が
並んでいます。
金角湾を臨み、ガラタ橋近くで船を降りました。
そこから歩いて、4千以上の店が並ぶマーケット・グランドバザールへ、
カットのあるクリスタルグラスのグラスに錫のお盆、テイポット、ソーサーのチャイ・セットを買いましたが、
探して気に入ったもので、欲しい気持ちが強く、値切り方が足りなかったそうです。
シーフードレストランを出たところに、小さなギャラリーがあり、そこの主人が描いたブルーモスクの小さな油絵が気に入り、買う。
空港で、トルコのお酒 RAKI を買い、午後5時発のトルコ航空で帰国の途につきました。
貨幣価値
ポーランドで貨幣価値の低下に驚きましたが、
トルコではそれを越すインフレで、貨幣価値の低さに驚きました。
500万トルコリラが紙幣の一番上で、日本円で約1400円。
10万トルコリラで、28円くらいです。
トイレは有料で、普通5万リラか10万リラですが、
20万リラの所があって、思わず高いと我慢してしまいましたが、
考えてみますと56円くらいにしかならず、我慢するほどの
ことではなかったのです。
食べ物は、日本人に合うというのですが、今回の旅行では、バイキングが多く、
また連日の猛暑と強行軍で、私は食欲がなく、スイカやメロンばかり食べていて、食事の印象は薄いのです。果物は美味しかったです。
ケーキ類は、日本人には一寸甘すぎますが、ビスタチオやカシュナッツの入ったロクムは美味しいです。
トルコのお酒、ライオンのミルクと云われる水で割ると白く濁る「リク」も楽しみました。
ハマム(トルコ風呂)を体験するチャンスを逸したのは残念でした。
トルコのカッパドキア、エフェソス、アンテオケ他、パウロが
キリスト教を伝道して歩き、新約聖書のパウロ書簡の舞台にもなっていて、いまだに
至る所でその面影を見ることができました。
また、辻邦生の「背教者ユリアヌス」、塩野七生の「コンスタンチノープル陥落」を読んで、
キリスト教文化とイスラム文化の競合したイスタンブールに一度行ってみたいと
思ってきました。
トルコは日本の国土の約2倍の広さがあり、その3分の1を周った訳ですが、8日間では、ちょっと忙し過ぎました。
カッパドキア、パムッカレなどの独特の不思議な自然の造形物と
エフェソス、ペルガモン、トロイの遺跡など、そして、イスタンブールと、
古い歴史を持ち、何度も栄華を極め、様々な文化の入り交じった国が身近に感じられ、
地震も他人事と思えないのです。
1999年9月15日記
