つぶやき

■2012年05月12日 その後の活動??
20歳で高校を卒業してもう14年。
卒業してからずっとお世話になったムジカの音楽療法の助手を卒業させていただきました。
月に2回、3回の仕事でしたが、スタッフのみなさんや社長さんに、あたたかく支えていただき、ありがとうございました。
空気の読めない友彦が時々浮いてしまい、それを聞くたび、仕事として申し訳ないと考えていました。
社長さんから、自分でアクションを起こすことを提案していただいたことをきっかけに、新たにフリーのミュージシャンとして、等身大でいこうと思います。
20代の頃とは違うこともできるかもしれない。
「うたっていいとも」を高齢者施設向けに募集して、いっしょに歌を唄う中で、見つけたいと、始めたばかりです。
そんな活動とは他に、新しい繋がりが出来てきました。
去年から私もフルートを吹き始めた。
生活倉庫で元気がない主人の為に買ってきた12弦のギター。「いらんから、戻してこい」と言われ、返品できなく、交換ならできるといわれました。
こまった、早まった。使わないならいつか、フルートを進めてくれた人の声を思い出し床をとらないフルートに交換。
友彦が練習に行っている時間に吹き方を習いに教室へ。
でも、現実問題レッスン料が高いので、中断。それでも、執念で1曲でも合わせられるように、恥をかきながら、友彦にも、ヘルパーさんが入る前の1時間、付き合ってもらって練習をしています。
ピアノが置いてある、使っていない時間に使わしていただける所に行って、行事のない時間、恥をかきながらの練習。心地よいバックミュージックになればいいと、頑張っています。
なんと吹き始めて間もないころ、お琴を弾く方と出会い、フルートと友彦のデジタルピアノと琴13弦と、17弦で、ファンタジーポケット という名前でグループを組んだのです。
ファンタジーポケットは、ポケットの中から、いろんなものが出てきます。
オカリナだったり、リコーダーだったり、三味線だったり、とってもたのしいポケットです。友彦の違った役割も感じているようです。
少しずつ、また報告していくことにしましょう。
■2011年07月23日 久しぶり近況報告??
気がつけば、友彦は33歳。障害を持って30年余り過ぎた。
すごいことだ。1歳3か月の時の転落事故で奇跡的に助かったが、左の脳をほとんど
失ってしまった。医師から、「もうしゃべれない、右半身まひで歩けない、明かりもわからない全盲、いつまで生きられるかわからない。」と言われた友彦は、全盲、右マヒですが、細々と音楽の仕事をしています。
月1回のライブも続けているので、一緒に練習にも週1回福山までバスで一人で通い(ヘルパーさんに乗せてもらい、40分間一人で乗って行き、ヘルパーさんに待っていてもらって、練習場所へ)
あえて運動させなければ、右マヒは進むので、週に2回リハビリに行き、大好きなプールで泳ぎ、そのほかにも英語も教えてもらっています。
英語を教えてくださる方も、キーボード練習しているKAZUさんもわかっているようでストレートに入って行かない友彦にとって、忍耐のいることだと思います。
いつかタダでアメリカへ行く夢を叶えるため??の一歩です。
最近なぜ歌詞を覚えられないのか、考えてみました。すると、私たちが読んだり書いたり繰り返しの中で、覚えるのに、耳から、しかも、意味のつかめない言葉も、耳からだけだと、確かめられない事も原因かもしれないと思ったのです。点字で打たせて、読ませて聴かせてを、繰り返しています。
いろんなもの人に伝える会話が深まらないのも、あきらめずに、点字を読ませたり、未だに思考錯誤。いろんな人の会話の中にいるだけでも絶対必要なこと。
いいアイデアがあれば教えてくださいね


■2005年12月16日 今年も波乱万丈?いやバラエティーに富んでました!
一年間ひたすら、友彦とのトーク&ライブで、障害の壁を低くする為走ってきた。
保育所、小学校、中学校、老人大学や、看護学校、福祉関係の専門学校だけでなく
パーキンソンの人たちや、癌と知って闘っている患者さん達の「びわの葉の会」
の人たちにもよんでいただいた。
こんな不器用な私達に声をかけて下さった方や、聞いて下さった人たちに「ありがとうございました。」

ライブや練習のない時は、食事を作ったり、掃除をしたり(楽しそうにヘルパーさんとやっています)体を動かすことがいやじゃない友彦は何をやっても楽しそうです。
えっ?包丁を持って野菜にあててもらって、ヘルパーさんに包丁の先を持ってもらって一緒に野菜を切るんです。

どうしても運動不足になるのでトレーニングにも行っています。
「まあトモ君やせた?って言われて、「うん、ジムにいって運動してるんよ」と得意げにはなします。府中にもいいトレーニングマシーンがあるのですが、なんとパワーリハビリ事業にしか駄目だと言われ、御調町のイキイキセンターは、尾道市外の人でも年間1万円で使わせてくれるので、ヘルパーは車を運転してはいけないので、少ないバスを
の乗り継いで行かなければいけない。
府中のが使えないなんて、市長さんに、手紙を書きました。
保険課からは、どうにもならないと返事が。
せっかくいい施設が出来ても、多くの人が使えなければ、障害の壁も、老人との壁も崩せない。知り合いの議員さんにつぶやき、福祉の仕事をしている人につぶやき、最初「どうにもならんねーの」と言っていた人が、来年度から使えるかもしれない兆しを聴きました。
つぶやかねば。    今日はこの辺で、、、今年中に続きを書きます。

■2005年01月05日 友彦連れづれ倶楽部募集中!!
※友彦連れづれ倶楽部 募集中!!
全盲右手マヒの友彦が音楽しかなくって、ストレートしにしか歌えない友彦、仲間を探しているうちに、力を貸してくれる人が見えてきた。
そんな中でCDが出来たのです。「人の力を借りることは素晴らしいこと。」
音楽を通して、きっと伝えられる。
そんなライブを広げたい。付き合ってくれるのがヘルパーさんだけじゃつまらない。
そこで、あなたの無理のないところで、「こんなことなら出来るよ。」って言うこと
があれば伝えてほしい。

全国に飛び出そうと思っていますが

例・・○ここでライブする?
   ○この辺でライブするんなら、人集めるよ。
   ○会場の手伝いくらいならオーケーよ。
   ○家に宿泊してもいいよ。ホームステイ(洋式トイレ必要・)・・・何人くらいな    らいいよ。(音楽仲間もいっしょの時もある2〜5人)
   ○音響なら使ってもいいよ。
   ○暇な日に遊んでもいいよ。(ヘルパーさんがいることもあります)
   ○遊びに来る?(近辺ならヘルパーが連れて行くかも) 
   ○いっしょに食べに行こう
     
    その他こんなことなら出来るよと言う事があれば掲示板に書いといて下さい     ね。どうでしょ〜!!
   

    
 
    
    
    

■2004年07月22日 人の力を借りるってすばらしいこと
最近友彦の生活は、とってもにぎやかになって来た。
幼いころから自分で、いろんな目的決めて動き出せない友彦に、何を経験させてやればいいのか、どうしてやるのが、一番いいのか、いろいろ考えながら日々の忙しさに押されていく毎日だった。
3人の子供のそれぞれに、と思いつつ、ちょっと待っててねと、友彦を待たせてはこれもあれも。家で人と遊ぶことのない友彦は、カセットが友達。たまに遊びに来ても、同じ質問ばかりで、会話が続かないので、すぐに友達も帰ってしまう。
学校からは、家庭の状況など関係なく、課題を抱えてかえる。やっとの思いで時間をつくり、でかけようとすれば、調子がわるかったり。
目の前のことは全部受け止めそこから考えて、それぞれに中途半端な自分にあきれながら、「やめとけ」という言葉を聞きたくないために、やると決め、そして乗り切ってきた。高校を卒業して月に10日もない音楽療法の助手の仕事。
使命感だけでやってきた、トーク&ライブ。それが、少しずつ変化してきている。
手探りの音楽活動。たまには楽になりなさいって、力貸してくれた友達。
TOKUさんにあわせてくれた友達。友彦のリズムを受け入れ活かしてくれるTOKUさん。音楽だけでなく、「今日ともくん暇してる?」と声をかけ、連れて行ってもらったマス釣り。「今日野球の観戦チケットあるけど、行く?」「合鴨触りにおいで。」
「ヘリコプターに乗るか?」そんな声をかけていただいたおかげで、親の私たちだけでは、経験させてやれないいろんな所、経験させてやることが出来てきています。
そのひとつひとつの出逢いくれた人に、「ありがとう」。
そんな関わりをする人を、周りが知っていくって、素晴らしいと思います。
そんな関わり見つからない時、福祉の窓口に行ってみてくださいね。

最近の福祉も少しずつ、変化しています。
子育ての支援センターや、介護の窓口も開かれたものになっています。
でもまだ、利用の仕方がわからないで、誰に聞けばいいかわからない人達もたくさんいます。広報紙を読んでいない人にも、わかりやすく、広く呼びかけてあげてほしいな〜って思います。人の力を借りるって素晴らしいこと。



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